tsuzuketainekosanの日記

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読書感想文の日です~『可燃物』

明日は31日なのですが公休。なので前日である本日に読書感想文、お送りします。

本日は米澤穂信さんの『可燃物』の感想です。

米澤さんと言えばアニメ『氷菓』の原作でもある『古典部シリーズ』、あるいは『図書委員シリーズ』のような青春ミステリー、また『折れた竜骨』や直木賞を受賞した『黒牢城』などの本格ミステリーが有名ですが、今作『可燃物』は米澤さん初の警察ものである、と言うのが特筆すべき点です。

 

本格ミステリー×警察ものの相性の良さと言うのは、ミステリーファンにとっては『今更、そんなことを語っちゃうのかい。ふふ』ですよね。数多くの作品でそれは証明されているのですが、それでは果たして、米澤さんがそれに挑戦された作品ではどんな魅力、どんな味わいが広がっているのか。

個人的にわくわくしながら読み始めていったのですが・・・。

 

それでは、まずは作品の概要です。

『可燃物』は5編の物語からなる連作短編集です。物語の舞台はいずれも群馬県警。そして主人公はその捜査第一課に属する葛警部です。

この葛警部、版元の文芸春秋のサイトの言葉をかりて紹介するならば『余計なことは喋らない。上司から疎まれる。部下にも良い上司とは思われていない。しかし、捜査能力は卓越している』人です。

更に作品の帯にも書かれており、作中にも登場する言葉を借りて紹介するのならば『彼らは葛をよい上司だとは思っていないが、葛の捜査能力を疑う者は、一人もいない』です。

 

なんだろ。本当にこの言葉の通りです(笑)

読み終えた今なら、ほんとに、一言の反論の余地も感じさせないくらいに『そうだね。葛警部って、そんな人だね』としか言う言葉が見当たらないくらいに、そんな人です。

強いて付け加えるのならば『捜査中の食事は、基本、カフェオレと菓子パン』くらいの情報しか、私には思い当たりません。

『葛警部は甘い物が好き』と考えるか。それとも『捜査に必要な糖分摂取のために甘い物を摂取している』と考えるか。あるいは『食事のことを考えるのすら惜しい、もしくは面倒だから、何も考えず同じ物を食べているだけ』と考えるか。

・・・想像は膨らむばかりです(笑)

 

そんな葛警部が様々な事件の謎を解明していく様が描かれているのが、本作品です。

 

ではでは。まずは全体的な感想です。

いや、なんだろ。ちょっと表現としては的確ではないのかもしれないのですが。一切の無駄を削ぎ落した、鋼のように鍛え上げられた筋肉、それで構成されている美しい肉体。それを目の当たりにしたような、そんな感覚を抱いた作品でした。

かちっ、と引き締まっていて、無駄の付け入る隙が微塵もない。どこまでもどこまでも引き締まっていて、一切、他を寄せ付ける、その雰囲気を微塵も感じさせない。

米澤さんの作品って、どの作品も本当に言葉が美しいのですよ。言葉が美しく、そして言葉選びにも細心の注意を払われているのがひしひしと感じられる。日本語の美しさであったり、それで表現されることの美しさのようなものを、米澤さんの作品を読むたび、私は感じさせられるのですが。

 

今作品に限って言うと、その美しさがもはや美しさを通り越して強靭さすら感じさせるくらいだった。

そしてそれはひとえに、やはり葛警部と言う主人公、それによるものだと思うのです。

この葛警部が、何を考えているのか。何を思い捜査にあたっているのか。そう言う明確な描写がほとんどないんですね。ほんとに『余計なことは喋らない。部下からも上司からも好かれてはいない。菓子パンとカフェオレが食事。でも捜査能力は凄い』と言うこと以外にこの人がどんな人物で、どんな思いを抱いているのかと言うのが、ほとんど描かれていない。極限まで、そうした描写が省かれている。

 

米澤さんの作品と言えば、非常に繊細で、それでいて時に酷なまでのタッチで登場人物の心情が描かれているのも特徴だと思うのですが、今作品の葛警部に限ってはそれがない。ただただ、いっそ機械的なものを感じさせるほどに『事件が起きた→捜査にあたる→ただただ捜査に没頭する→犯人を突き止める』と言う葛警部の物語が描かれている。

徹底的に、その人間性みたいなものを排除したタッチで描かれている。

だからとにかく、非常に作品として引き締まった印象を受けたのでありました。

 

もっと言うと『物語』と言うよりも『捜査報告書』みたいなもの。『捜査報告書』がどんなものか、詳しく知らないので語弊がある例えなのかもしれませんが。とにもかくにも『この事件は、葛警部がこのような流れで解明しました。そして顛末はこうでした』と言う報告が書かれている書類。それを読んでいるかのような気持ちにもなったくらいです。

事件の顛末に関しても、まさに事実しか書かれていない。そこに対して葛警部が何をどう思ったかと言うことも、ほとんど描かれていないんです。

 

ただこんなふうに書くと『え。それって面白いの?』と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、大丈夫です。安心して下さい。作者は米澤さんです。

面白かったです。さすがは米澤さんです。

再三、書いていますが葛警部。何を考えているのか、さっぱりわからない人ですが、その捜査能力は凄いものがあります。徹底的に事件に関する情報をかき集め(大概は部下がこき使われるんですが(汗))それを整理していき、その中で見出した小さな違和感と言う名の穴。その穴を突き広げていくことで、やがてひとつの真相へとたどり着く捜査方法。決して派手さがあるわけでも、目新しさがあるわけでもない、地味で地道な葛警部の捜査方法が、まぁ、読んでいて実に読みごたえがある。

なんだろ。こー、ミステリーのドラマとかでよくあるじゃないですか。『あ、この探偵役、あるいは刑事。今、謎解きモードに入ったな!』ってなる描写みたいなの。

それが全5話すべてに登場しているので『おっ、これは葛警部の捜査能力が発揮される時間がやって来たぞ』と私はにやにやしてしまうくらいでした。

 

あとは、ですね。葛警部に関しての情報。その人間的な要素みたいなのがほとんど描かれないままで物語は進んでいくからこそ。起きた事件の関係者たち。被害者であったり加害者であったり、その知人であったり、たまたま事件に巻き込まれた人であったり。

そうした人たちの様々な思い、それがめちゃくちゃ効いてくるんです。あるいはこれは、米澤さんの抑えた、しかし細心の注意で選ばれた言葉、そして的確な表現だからこそ、と言う部分もあるのかと思いますが。いずれにしても葛警部の人間的な部分が見えてこないからこそ、そうした人たちの思いが、もうめちゃくちゃ浮かび上がってきて、葛警部の捜査を通して透けて見えてくる。

ここもものすごく読みごたえがあり、かつそのことで『事件』の中心にいるのは葛警部ではない。そこにいるのは、確かにその事件に関与した『人』なのだ、と言うことを感じさせてくるんです。

事件に関係した人たちにとっては、必ずしも『犯人が捕まりましたよ。なので『はい。終わり』』とけじめをつけられるものでもないのだと感じさせられる部分もあったりして、この辺りは『うーん、うまい。そしてお見事』とただただ唸るしかなかったです。

 

ではでは。各作品のあらすじと感想です。

・『崖の下』

・・・男女グループがスキー場で遭難。現場に捜査員が赴くと、頸動脈を刺され失血死した男性の遺体が。犯人は、一緒に遭難していた男性だとほぼ特定できるのだが、凶器が見つからない。果たして犯人は何を使って、男性の命を奪ったのか、と言うお話。

 

初・葛警部となるお話だったわけで、先程、散々書いたようなことをまざまざと感じさせられて『おおっ、成程。米澤さんが警察小説を書くと、こんなふうになるのか!』と驚かされたような、でもとてもわくわくするような気持ちすら味わいました。

すべての情報を集め、それを列挙し、整理し、精査し、自分の中で磨き上げていく。その中で生まれたありとあらゆる疑念、疑問に対して冷静に、情報から得たものによって答えを導き出していく。その繰り返しによってひとつの答えを導き出していくと言う葛警部の捜査方法も、この作品で初お目見えとになるわけで、そのシーンも本当に読みごたえたっぷり。それを読むことで、自分が葛警部になり、その捜査方法を追体験しているかのような、そんな錯覚すら抱いたくらいです。

『凶器は何か』と言う問いに、意外な、しかし『そうだな。その情報から導き出される答えは、それしかないよな』と言う答えを持ってくるあたりはさすがの一言。

そしてあえて、事件の全容がはっきりと描かれなかったあたりに、葛警部が主役であるこの作品らしさを、私は感じたのでした。

 

・『ねむけ』

・・・強盗致傷の容疑者である男が深夜に事故を起こした。男は自分の進行方向の信号は青だったと証言。しかし事故を目撃したと証言する人間は、いずれも男の進行方向の信号は赤だったと口にする。果たしてどちらの言い分が正しいのか、と言うお話。

 

ひらがなのタイトル『ねむけ』、この物語に登場しているすべての人物のそれが、読んでいる内にこちらにまで伝わってくるような。だけど物語の面白さ故、そこに身を委ねてしまうのが惜しい気すらしてくる、そんな作品でした。

ひとつの事件。その容疑者が起こした交通事故。そこに集まった4人からの証言。それらが葛警部の、相変わらずの『熱量があると表現するにはあまりにも無機質で、しかし無機質と表現するにはあまりにも熱量を感じさせる捜査姿勢』によって、やがてひとつの真実へと結びつくと言う展開は、その真実の意外性も相まって『いやぁ。お見事だわぁ』と唸るしかありませんでした。

『隠したい』と思っているのは誰なのか。その人が隠したいのは『何』なのか。それを隠すために、その人は『何』をしたのか。それが本作品のキーワードであり、そこに関係してくるのがタイトルの存在です。

なんだろ。『人間、ちゃんと寝なきゃダメ。睡眠時間を削ってまで働くなんてナンセンスよ!』と寝るのが大好きな私はしみじみ思いました・・・いや、そんなのんきな作品ではないのですがね。すいません(土下座)

 

・『命の恩』

・・・榛名山麓の<きすげ回廊>で右腕部が発見された。それを機に次々と人体の一部が発見され、バラバラ遺体遺棄事件の存在が明るみになる。しかし何故、犯人は遺体の一部をわざわざ人目に付きやすい場所に遺棄したのか、と言うお話。

 

全5作の中ではいちばん好きな作品。葛警部の人間性のようなもの。それが徹底的に描かれていない、必要最低限の描写に留められているからこそ、犯人の動機が際立って、衝撃に近いような感覚でこちらの胸を穿ってきた、そんな作品でした。

ミステリーとしての謎解きもお見事で、葛警部の捜査にのっかる形で『あっ、もしかして』と真相の端っこ。それを掴んだ時の、その衝撃、快感と言ったら。

また全5編の物語、いずれも事件が解決した後、その関係者の生活ぶりなどが事実のみで記載されているのですが。この作品のそれは、犯人の動機が動機だけに、一層の沈痛さすら私には感じられました。そしてだからこそ、最後の最後、事件の関係者の1人である人物に対しての、葛警部の対応。『犯罪性は確認できず、警察が関与する余地はない』の一文に、葛警部の葛警部たるゆえんを、そのどうとでも解釈できるようでいて、しかしどんな解釈をも拒むような人間性を垣間見た気がしたのです。

『命の恩』と言うタイトル。実に重い響きのあるそのタイトルが、ほんとに、ずぶっ、と胸に突き刺さってくる作品。

 

・『可燃物』

・・・住宅街で発生する連続放火事件。葛班が捜査にあたるが、なかなか容疑者を絞り込むことができない。しかしほどなくして放火事件はぴたり、と止む。何故、放火事件は突然、止んだのか。その裏にある動機は何なのか。葛は更に捜査を進めていくのだが、と言うお話。

 

『あぁ・・・』です。『あぁ・・・』、本当に『あぁ・・・』。これも犯行を積み重ねた人間の、その動機。それが個人的にはめちゃくちゃ重かった。重かったし、理解ができるとまでは言わないけれど、『その気持ちは・・・わかるかもしれない』と言う思いを禁じえませんでした。尤も、その動機が本当にそうなのかどうか、と言うのは犯人しか知らないことなんだけれども。

明らかに方法は間違っていた。だけど、ちょっとネタバレにはなってしまうかもしれませんが、過去にその恐ろしさを目の当たりにしたからこその思いがそこにはあったんだろうな。そしてその恐ろしさを『知っているつもりで全然、知らないでいる人』たちに対しての、怒りと絶望みたいなもの。そこから来る焦燥のようなものがあったんだろうなぁ、と思うと・・・その心の在り方が、まさしく『可燃物』だったんだな。

なー。でもほんと。私もそうだけど人って、実際にその目に遭わなければ、その状況に直面しなければ、本当の本当なんてわからないままだもんな。

そしてやはりこの作品のラスト。事件後の事実報告も、色んな意味で胸に染みると言うか何と言うか。その話を聞いて、果たして葛警部は何を思ったんだろうかなぁ・・・。

 

・『本物か』

・・・ファミレスで発生した立てこもり事件。犯人と思しき男の手には、拳銃らしきものの存在も確認された。立てこもり事件発生、その直前まで店で食事をしていた客、あるいは働いていた従業員から話を聞く葛。それによって立てこもりが発生するまで状況がじょじょに明らかになっていくのだが、と言うお話。

 

50ページ程度のお話なのですが、それを感じさせないくらいの濃密さ。そして展開の意外性。米澤さんのミステリー作家としての構成の巧みさ、展開の妙、そうしたものが冴え渡っている作品だと、私は感じました。

葛警部が事件現場にいると言うことで、話はほぼほぼ葛警部と事件関係者の会話、それによって進んでいきます。その中、客の高齢男性と葛警部との会話もあるのですが。『これが軍艦なら、そんな船員は死刑ですよ、死刑』と言ったおじいちゃんに対しての、葛警部のあの切り返しは、果たしてわざとなのか、それとも真剣になのか・・・それが未だに判断付きかねていて、私は頭を抱えています。もし真剣にそう切り返していたのなら、葛警部・・・あなた実は、とても天然さんなんじゃないかしら(萌)

『本物か』と言うタイトル。『立てこもり犯が手にしている拳銃らしき物は本物なのか』と言う意味合いだと思い込まされ、事実、その流れで物語は進んでいくのですが・・・終盤、このタイトルがまた別の意味合いを帯びてくるんですね。そこからの葛警部の導き出した真相、それを説明する流れが圧巻の一言。

そしてその後の葛警部の言葉で、驚くほどに葛警部の人間性のようなもの。その一端を垣間見ることができるのですが・・・。

 

それを踏まえて改めて、改めて5つの物語。そこでの葛警部の姿を読み返してみると、結局、この人は誰よりも『警察であること』『だから起きた事件を捜査すること』『そして犯人を逮捕すること』に真摯な人なんですよね。

そして結局は、葛警部の人間性。それが明確に、たくさん描かれてこなかったのは、描写されてこなかったのは、ひとえに『警察であること』『だから起きた事件を捜査すること』『そして犯人を逮捕すること』に身を粉にしている、そんな『捜査にあたる葛警部の姿勢』それこそが葛警部と言う人物の人となり、人間性を表している、物語っているからなんですよね。

だから全5編の物語。実は葛警部の人間性の描写が極力、排除されているようでいて、その実、葛警部の人間性の塊が『これでもかっ!』と言うほどに凝縮されている。そんなふうに言うこともできるのだと感じさせられて、そこもまた『うわぁぁぁぁ!うまいよ!うますぎるよ、米澤さん!』と私はただただ興奮しきりなのでした。かっは。

 

はい。こちらはどうやらシリーズ化される予定、なのかな?

シリーズが進んでいくにつれ、葛警部が何を考え、何を思っているのか。その辺りがより明確に見えてきたりするのかしら、と思うとそれはそれでわくわくします。

・・・過去に何かあったりしたら、更に萌えちゃうぞ、うひひ。

 

ではでは。本日の記事はここまでです。

読んで下さりありがとうございました!

 

追記・・・米澤さんがツイッターで呼びかけられていた行方不明になられていたご家族の件。残念ながら非常に悲しい結果となってしまいました。

こんな場末のブログでの、その追記と言う形ではありますが、謹んでお悔やみ申し上げます。