tsuzuketainekosanの日記

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シャニマスソロライブ『我儘なまま』の感想~その3

ここからしばらくは1勤1休だったり2勤だったりで楽。ありがたい。

でもお盆、地獄の4勤だけど!きゃは!

 

SideMに人生救われた、アイマス全ブランド好きで、2月の合同ライブでシャニマスのアイドルにはまり、5thライブも2日目だけ配信視聴した、しかしゲームは全くやっていない、各アイドルの背景、事情もほとんど知らない声優好きのオタクが、7月23日に開催された『我儘なまま』2日目の感想を書いているだけの記事です。

 

今回が3回目。前回『その2』はセトリとしては24曲目、櫻木真乃、斑鳩ルカ、七草にちかによる『Shiny Stories』の感想までお送りいたしました。

てなことで本日が感想記事としてはラストになりそうです。

でも多分、後日、白瀬咲耶の『千夜アリア』についての考察をぶちまけた記事を挙げると思います。予定は未定だけど。

 

そんなこんなで本日はこちらの楽曲から、どうぞ!

・『雪・月・風・花』幽谷霧子(CV結名美月)

・・・再三、書いているのですが、私は各アイドルの詳しい性格とかは知らない。知らないんですけど霧子に関しては公式でもそう紹介されているからそうなんだろうけど。

霧子の優しさ。心の優しさ。気弱だけど、でも他人に対してとても優しい心。それがひしひしと伝わってきて感じられる、そんなステージ、そんなみーちゃんの霧子としてのパフォーマンスでした。見ている内に私のような人間は浄化されそうだったし、霧子の優しさが胸に沁みてきて泣きそうになったし。なんだろ、1人Altessimo、優しい神々しさ、温かな幸福感に満たされ『あぁ、召される』と思いました。幸せ。

みーちゃんの霧子としての歌声、突き抜ける高音すら優しい歌声、あの儚げな存在感。すべての気持ちを優しく振りまくような、柔らかな振りも『尊い・・・っ!』の一言。霧子の精一杯の思い、確かに受け取ったよ!ありがとう、霧子!

 

・『夢見鳥』樋口円香(CV土屋李央さん)

・・・『まどみょん』のコメントにただただ頷くしかないような、そんな樋口のソロ曲、そしてパフォーマンスだったなぁ。成程、この言葉は蝶の異名、『胡蝶の夢』の故事に由来している言葉なんですね。ひとつ勉強になった。

歌われている歌詞、それを改めて見てみると、樋口の不器用さ。それがひしひしと伝わってきて。でもソロだからこそ、不器用だけど不器用なりに、樋口なりに、樋口らしく、樋口らしい思い。それを懸命に歌っている歌のようにも思えて、なんかもう胸がきゅっ、ってなりました。誤解されやすい樋口だけど、多分この子、ほんとに真面目で不器用で、そして傷つくのを恐れている子なんだろうなぁ。

土屋さんの樋口としての表情の作り方、歌声もやっぱりいつ見ても完璧。その高音ののびやかさ、心地よさも曲にぴったりな『樋口円香のソロ』を実感したステージでした。

 

・『Sweet Memories』大崎甘奈(CV黒木ほの香さん)

・・・衣装も相まって女神にしか見えなかった。地上に舞い降りた女神。『女神は実在したんだ』と真剣に思いました。黒木さんの、甘奈としての存在感も、なーんかほんと甘奈。可愛らしいんだけど、でもしっかり者と言う雰囲気もあるし。ものすごく親しみやすさもあるし、でも時折、どきっ、とするような色気もあって。見入っちゃう。

このソロ曲も、なんか甘奈が歌うからこその意味。それがひしひしと感じられて、胸がじーんとしてきました。溢れんばかりの感情を歌声に、表情に、振りに乗せてパフォーマンスする甘奈の思い。『大切な人たちと過ごす毎日が大好き』の思いが、もう柔らかく、温かく、まっすぐに表現されていて泣きそうになっちゃったよ。

ヘッドセットだからこその、手を、指を使った振りも、まぁ美しかったこと。可愛かったこと。そしてそこに込められていた甘奈の思いの、温かく一途だったこと。

 

・『ありったけの輝きで』櫻木真乃(CV関根瞳さん)

・・・『ありったけ』なんです。それを真乃が歌うことの意味。このソロライブの、このセトリ、この順番で真乃が『ありったけ』の『耀き』を歌うことの意味。その破壊力。それを真乃がそれこそ『ありったけの輝き』で表現していたなぁ、と。

あとこれは毎回、言っていることなんですけど。関根さんの真乃としての歌声。何度、聞いても『凄いなぁ。凄すぎて『ほげー』ってなるわ』と言う思いしか出てこないくらいに凄いと思うんです。あんだけ甘々の可愛らしいと全力を凝縮した、吐息多めの、時折、ウィスパー気味にもなる真乃ボイスで、だけど踊りながら、完璧に曲を歌い上げるって、いやなんだ、もう凄い(語彙力)

やはりこちらも『ソロ』だからだろうなぁ。ユニットの時以上に真乃の姿、そのパフォーマンスが『正統派アイドル』って感じがしたのも、私としてはめちゃくちゃエモかったです。歌詞ももう真乃そのまんまだし、そのメッセージ性が染みる、染みる。

 

・『虹の行方』幽谷霧子、樋口円香、大崎甘奈、櫻木真乃、芹沢あさひ、福丸小糸

・・・『虹の行方』です。雨が降ったから。雨に打ちひしがれた時間があったからこその、虹なんです。虹の行方なんです。エモ。

『私の選んだ空』と歌い上げながら、だけど選ばなかった自分への思いも歌われていたり。それでもそこにすら『きっとそうだね 何処かで 何かに励んでる』と歌っているのが、実にシャニマスらしい楽曲だなぁ、と感じました。

そしてこの時点ではまだソロ曲を披露していないあさひと小糸ちゃん、2人が加わってこの曲を歌唱したことのメッセージ。そこから朗読劇へと続いて、『我儘なまま』と言うライブタイトルに込められている意味。それが明かされてからの・・・と言う流れ、もう天才の所業でしたよね。

 

・『星をめざして』芹沢あさひ(CV田中有紀さん)

・・・Day1は急遽、出演を取りやめられた田中さん。体調を心配していたのですが、いやいや元気な姿で出演されていて本当に安心したし嬉しかったです。

ってかなんだ。もう曲入りまでの流れ含めて泣くわ、こんなもん。『星をめざして』ですよ。好奇心の塊、あさひが、その気持ちの赴くがままにあちらこちらへと元気いっぱいに駆け回っている姿がそこにはあって、もう泣いた。

田中さんのあさひとしての姿が、またユニットの時のそれとは全然違っていて。ほんとに14歳の、1人の女の子の可愛らしさ、あさひの奔放さ、それらがより強く感じられて最高でした。可愛い。ユニットの時はあんなナチュラルにかっこいいのに。

『考え方次第で 結果(こたえ)は変わるでしょ』『思いのままにわがままに 突き進んでみたいから』と言う歌詞が、もうこのライブの答え、なんですよね。ここに来ての、あさひからのこの答えの提示。かっはー、エモ。

 

・『わたしの主人公はわたしだから!』福丸小糸(CV田嶌紗蘭さん)

・・・天使が舞い降りたぞおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!

ここに来ての小糸ちゃん。この楽曲。エモの極致。泣いた泣いた。泣きながら、でももう多幸感しかなかったし、ただただ笑顔だったし、小糸ちゃんは可愛いし、田嶌さんは小糸ちゃんだし、天使だし、現地P、ファンの方のコールは怒号のようだったしで、なんかもう『あぁぁぁぁ、最高!』の一言でした。

ねー。ねー。ほんとに。『星をめざして』であさひが歌い上げたこのライブの『答え』、それを受けて更に小糸ちゃんが、小糸ちゃんらしく、一生懸命に、懸命に歌いあげた『わたしの主人公はわたしだから!』と言う歌が、本当に胸を打つこと打つこと。

失敗してもへこたれても、めげてもくじけでも、頑張ることをやめない。わたしはわたし。そのわたしは、後悔したくない。だから頑張る。そのメッセージに、ステージ上を駆け回り、ぴょんぴょん跳ねる小糸ちゃんの姿も相まって、とにかく励まされました!

 

・『シャイノグラフィ』有栖川夏葉、三峰結華

・・・エモの極致が更に限界突破、リミットブレイクです。いやぁ~・・・こんなことをしちゃうなんてな。

シャニマスの全体曲なんです。それをソロライブで2人のアイドルが歌うなんて、これもはや冒険でしょう?でもそれが見事に『我儘なまま』のDay2の流れ、メッセージに合致していた。シャニマスの全体曲としてのメッセージ性はそのままに、だけどこのソロライブ、2日目、夏葉と結華を中心として描かれていた朗読劇の意味を取り込んで、新たな解釈がそこには誕生していた。

もうちょっと意味がわかりませんね。ええ。凄すぎて意味がわかんなかったです。

なんだろ。そうなんだよな。シャニマスってほんと『未完成』故のもがき、あがき、苦しみ、葛藤。そして『未完成』だからこその眩しさ、煌めき、懸命さと切なさが描かれている、そんな『アイマス』なんだなぁ、と改めて思い知らされました。エモ。

 

・『Damascus Cocktail』有栖川夏葉(CV涼本あきほさん)

・・・2日間公演の大トリ。てなことで感想、長くなります。

えー、以前、挙げたシャニマスのアイドルについて語りたいと言う記事の中で、私は夏葉役の涼本さんについて『ポジティブな意味でのびしろを感じさせる、未完成なパフォーマンス』云々と偉そうに書いたと思います。

シャニマスのアイドル、そのCVを務めていらっしゃる声優さんの、演じているアイドルとしてのパフォーマンスって、ほんとめちゃくちゃアイドルとの親和性が高いんです。びっくりするくらいに高いんです。

その中にあって合同ライブでも5th2日目でも、私は、涼本さんの夏葉としてのパフォーマンスをされている姿にはどうしても『もう少し・・・もう少しで夏葉として突き抜けられそうな気がするのに』と、やはり偉そうなことを思っていたんです。なんかどうしても、夏葉としてパフォーマンスされている涼本さんの姿に、夏葉を見出すことが難しかったと言うか。はい。

 

ってかCVを務めていらっしゃる声優さんとアイドルは別人。だからそれぞれを重ねて見ると言う、この私の見方が間違っているんですけど。

 

で、このライブも1回目視聴した時は、やっぱりそうだった。朗読劇での涼本さんの演技、その存在感が夏葉そのものだったからこそ『もしかしたら歌唱する、ダンスすることで、やっぱり夏葉としての声域であったり表情を保つのが難しいのかなぁ』と、やはりやはり偉そうなことを思っていたんです。

思っていたんですけど。

 

配信2巡目。朗読劇のラストで夏葉が三峰に言った言葉。『道半ばの私たちにはわかりっこない』と言う言葉や、夏葉が思い、体現している『我儘』の意味。自分が納得していれば、納得して進めているのであればそれでいい。

その言葉を目の当たりにした時に『あぁ、そうか』と。『私の、夏葉に対しての解釈、それが間違っていたんだ』と。『だから涼本さんのパフォーマンスされている姿に、夏葉を見出すことができていなかったんだ』と目から鱗のような思いにさせられまして。

 

私、夏葉って既に完成していて完璧でその完成した完璧を維持するために努力している。そんな女性でありアイドルだと思っていたんです。解釈していたんです。それ故の余裕みたいなもの、それを感じさせる女性であるアイドルだと思っていたんです。

でも違うんだよ。夏葉は未完成なんです。むしろ『未完成、ウエルカムじゃないの!完成しちゃったらそこで終わりだもの!私は未完成のまま、だからこそどこまでもどこまでも上を目指して、鍛錬を続けていくのよ!』、そんな女性でありアイドルだと、この朗読劇の中の夏葉の言葉に気付かされたような思いがしたんです。

未完成ウエルカム。だからこそどこまでも、どこまでも上を目指して努力し続ける、熱くて泥臭い女性でありアイドル。それが夏葉なのです。

だから夏葉は可愛くて、そしてかっこいいんです。『完成して余裕がある』から可愛くてかっこいいんじゃなくて『未完成であることを知っていて、だから上を、前を目指し続けて絶え間なく努力し続けている』から可愛くて、そして最高にかっこいいんだよ。

 

私はゲームをプレイしていないので、この解釈もまた大間違いなのかもしれません。

ですがこの解釈に至ってから、さぁ、涼本さんの夏葉としてのパフォーマンスを改めて目にしてみたら・・・いやぁ、もう鳥肌。

 

未完成故の圧倒的なポジティブさ。未完成故の泥臭いまでの懸命さ。その中に光る『過去の私に勝っていたい、過去の私がいたからこその、今の私の、今の全力。少しでも過去の私に勝っていて欲しい私の、今の全力。プロデューサー、見て!』と言う熱い思い。

それがこのソロのパフォーマンスでは本当にびっしびしと感じられて、ステージ上、夏葉としてパフォーマンスされる涼本さんの姿に、夏葉の姿がぴたっ、と重なる瞬間が何度かあって、『ふわぁぁぁぁ』となったんです。ふわぁぁぁぁ、って。

 

熱い手のひら返しと言われればそれまでですが(汗)、それでも『そうか。キャラクターに対する解釈。それが変わることで、こんなにも見え方が変わることがあるのだ』と驚かされたくらいなんです。

またそのキャラに対する解釈の変化が、ちゃんと役を通じて、ライブ、朗読劇を通じて、と言うのも素晴らしいじゃないですか。

 

このソロ曲にしても、そうなんだよな。『花は枝葉が咲かせること見せてあげるわ』なんて歌詞が登場する曲、熱く泥臭く、どこまでもどこまでも果てを目指し続ける夏葉。その中のすべてを糧にしている夏葉じゃなきゃ歌えないよ。

涼本さん、今回の経験は本当に大きな糧になったことだろうなぁ。だからもっと自信を持って下さい!偉そうなオタクでごめんね!

 

はい。そんなこんなで2日目は全33曲ですか。その感想をお送りいたしました。

5thの2日目、そして今回のライブも2日目。シャニマス単体のライブとしては2つのライブしか視聴していない私なので、多くのことを語るのは筋違いなのかもしれませんが。

 

それでも今回、改めて感じたのは『シャニマス、攻めてるなぁ』と言うことでした。

5thライブ、そして今回のソロライブの構成、演出にしてもそうだし、ブランドに登場しているアイドルの造詣もそう。SHHisや斑鳩ルカが所属しているのなんて『シャニマス』だからこそなんだと思います。

そしてネット上で耳目にしているゲームで繰り広げられているストーリーの重厚さ、シリアスさ、シビアさ。

アイマス』の1つのブランドとして『アイマス』らしさ、その熱量、泥臭さのようなものは感じさせつつ、それを他のブランドのようにストレートに表現していないと言うか。ものすごく遠回しに表現していて、かつ、明確な答えを示さないと言うか。

そこがもうめちゃくちゃ独自で攻めている。

 

でも遠回しで、明確な答えを示さないからこそ『1人1人の答え』にたどり着いた時の、何とも言えない満足感も、また強く味わえると言うか。

こう言うのは決して万人受けはしないんだろうけれど、刺さる人にはどこまでも深く刺さる。特に(私のような)『考察好き』な方にとってはたまらないコンテンツなのではないかなぁ、とも改めて思いました。

 

あともうひとつ。シャニマスって『今の私ではない私』『選ばなかった方の、もうひとつの道』と言うような『もうひとつの世界』に対しての描写が多い、そんな印象も改めて感じました。

ただ『『もうひとつの道』を選ばなかった『今の私』』を肯定していると同時、『『この道』を選ばなかった『もうひとりの私』』を否定しない。そこにいるであろう『自分』に対しても、自分が何より強い信頼を抱いている。

そこが実にシャニマスらしいなぁ、と思ったり。

なんだろ。『『私』を実現させるための方法は、手段は、道は決してひとつではない。そこには多彩な、色とりどりの可能性がある』、そんなメッセージを私は感じるのですが、はてさて、皆さんはいかがでしょうか。

 

はい。いや、なんだ。いずれにしても『シャニマス』の今後、そして放送が予定されているアニメも、ますます楽しみになった私なのでした。

 

ではでは。本日の記事はここまでです。

読んで下さりありがとうございました!