年末恒例の『このミステリーがすごい!』、その30余年の歴史を振り返っている記事です。実に順調に、毎月コンスタントにお送りできています。うふふ。
てなことで今回は2003年のランキングを振り返ってまいります。今から19年前ですね。
毎回のように、まずはこの年、2003年に何があったのかを見ていきましょう。
ウィキペディアで2003年のページを開いて、まず目に飛び込んできたのが3月。中国で新型肺炎SARSが大流行と言う項目でした。
翌月4月には新感染症に指定され、その後、終息宣言が出された7月まで、32か国で774人の患者が亡くなったとのことですが・・・いや、これ、覚えてるなぁ~。
当時、めちゃくちゃ致死率が高くて危険、そして日本でも大流行する恐れがあるとか言われていたような気が。そんなもんだからドラッグストアの店頭からマスクが消えて。
で、たまたま立ち寄ったスーパーのドラッグコーナーの前に長蛇の列ができてたから『何じゃいな?』と思って先頭見てみたら『マスク入荷!おひとり様1箱限り、先着100名に販売!』の張り紙があって。
私は夜、寝る時にマスクをする習慣があります。なのでその当時も、マスクは2箱くらい、常備していたのですね。だからマスクが店頭から消えてもすぐに困ると言うわけではなかったんですが・・・『ま、あるに越したことはないよね』と、見事にその行列に加わった、そんな思い出があります(笑)
結局、幸いなことにSARSに関しては、日本国内への飛び火はなかったわけですが。
だから、なのです。
2019年の末に中国で新型コロナの感染が爆発的に広がった、そのニュースの一報を聞いた時も、クルーズ船の乗客から感染者が出たと言うニュースを聞いた時も、個人的には『あぁ~、どうせちょっと昔にあったSARSとおんなじ感じで、大したことないんでしょ?大丈夫だって、ははははは』と楽観視していたんですけれどね。
あはははは(汗)
それからもうひとつ。8月、フランス全土の記録的な猛暑で死者が1万1千人以上とされる、と言う項目も目に飛び込んできたのですが・・・知らなんだ。
いやなんだ。ほんとウイルスと言い、猛暑などの天候と言い。人知の及ばぬ存在、その力と言うのは、つくづく舐めちゃいかんな、と改めて思い知らされたような。
怖い怖い。
では、振り返りはこの辺りにしておいて。ここからは2003年の『このミステリーがすごい!』のベスト10作品、およびその中から私が読んだ作品の振り返りにまいります。
いつものようにベスト10ランクイン作品のリンクを貼り付けておくので、そちらを見ながら記事を読んで頂くと、よりわかりやすいかと思います。
はい。この年、1位に輝いたのは横山秀夫さんの『半落ち』です。映画にも、そしてドラマにもなった、横山さんの代表作のひとつと言っても過言ではない作品なので、ご存じの方も多いのではないでしょうか?
てなことでわたくし、こちらの作品、読んでおります!なのであらすじも含めて、後ほど語りたいと思います。
で、『半落ち』以外にベスト10ランクインした作品の中で読んだことがある作品としましては・・・6位の光原百合さん『十八の夏』ですね。
あとは・・・読んでないか・・・てなことで2003年のベスト10ランクイン作品の内、読んだことがあるのは2作品と言うことでございます。
てなことで早速、まずは『十八の夏』から語ってまいりましょうか。こちらは表題作を含めた4作品が収録されている短編集です。
光原さんの作品、私はこちらと『最後の願い』しか読んだことがないのですが、その柔らかな語り口や、優しさ溢れるまなざし。登場人物たちの、ポジティブな感情も、切実さすら漂わせているようなネガティブな感情も瑞々しく描く透明感のあるその筆致は、読んでいてとても心地が良いのです。
そしてだからこそなのでしょうか。とにかく登場人物が愛おしくてたまらなくなるんですよね。はい。
てなことで本作品に収録されている4作品、いずれも男性が主人公。そしていずれも誰かを恋しく、愛おしく思っていると言う作品です。なので恋愛小説の趣もあるわけなのですが、そこにミステリの趣向が含まれているのが本作品の特徴です。
ただしミステリの趣向と言っても、何と言うか、ガッチガチのトリックとか、本格的なな推理とか。研ぎ澄まされたロジックが展開されると言うわけではありません。だからこそ、あくまでも人が主役の、その様々な思いが生み出す様々な物語を楽しむことができると言うわけです。
個人的には、強く記憶に残っていて、そしてそれを確認するために読書感想文の記録を振り返ってみたらやっぱりそうだった(笑)。表題作の『十八の夏』が、とにかく最高でした。またこのタイトルもシンプル故、これ以上ないと言うほどに、この作品を表現しているよなぁ~。
十八の夏の、たった一度きりの恋。鮮烈で、強烈で、純粋で、たまらなく苦々しい、たった一度きりの恋。
お次は第1位に輝いた『半落ち』でございます。こちら、先ほども書きましたが映画化、ドラマ化もされ、更には直木賞の候補作にも挙げられた作品です。ところがどっこい、この物語の根幹をなしているある要素に関して『現実味がない』と言う判断が下されたことで落選。そればかりか選考委員のひとりが、その部分の欠陥を気づけなかったミステリー界や『半落ち』の読者をも批判するような発言をしたことから、横山さんは直木賞に対して決別宣言をされています。
でもその欠陥と言われた、現実味がないと言う部分に対しては、横山さんご自身が再調査をされ、欠陥はなかったことを確認されているのです。そしてその上で、直木賞を主宰している団体に事実の検証を求められているのですが、これも完全に無視された末の決別宣言ですからね・・・これは確かに酷いわな。うん。
ってかどうなんですかね?『現実味』って、そこまで、こー、広い意味でのエンタメ作品において重要視されなければならない部分なのでしょうか?
そんなものを置き去りにするくらい、そんなもの『どうでもいいよっ!』と叫びたくなるくらいに感情を強く揺さぶる作品であれば問題ないような気もするのですが。
そして個人的にはこちらの作品はまさしく、読者の感情を静かに、しかし強く、激しく揺さぶってくる作品だと思います。
アルツハイマー病に侵された妻を殺害したとして、現役の警察官である梶が自首してきた。上司からの命によって梶を取り調べることになった志木。その志木に対して梶は、妻を殺害した動機、経緯などをすべて話し、事件は『完落ち』、すなわち犯人が全てを自白して終わりになるかのように思えた。
しかし梶が妻を殺害してから自首するまでには2日間の空きがあった。その空白の2日間に対して、志木が話を向けると、梶は一切の供述を拒むのだった。
その後、家宅捜索と新聞社によって空白の2日間に、梶が歌舞伎町を訪れていたことが明らかになる。更に自宅には『人間五十年』と言う奇妙な書も残されていた。
空白の2日間、その供述をゆっくりと梶から引き出せばよい。そう考えていた志木だったが、現役の警察官が殺人を犯したうえに、出頭までに歌舞伎町に足を運んでいたと言うのは、あまりにも印象がよろしくない。そう判断した上層部は、保身のため、志木に対して梶に偽りの供述をさせるように命じる。
そして検察、新聞記者、弁護士、裁判官と言った様々な人間が、空白の2日間の謎に迫っていくことになる・・・と言うのが『半落ち』の簡単なあらすじです。
梶は妻を殺害してから出頭するまでの2日間、どこで何をしていたのか。何故、彼はそのことを頑なに黙秘しているのか。それが本作品における最大の謎であり、当然、物語はその謎を明かすために奔放する人の姿が中心に描かれています。
そして明かされた空白の2日間、梶がどこで何をしていたのか。どうして梶はそれを口にしなかったのか。そこに秘められていた梶の思いと言うものに、私は涙を禁じえませんでした。胸を強く、強く揺さぶられました。
ただ、です。このように書くと、そして実際、本作を紹介する文章の多くにもこの言葉は登場しているのですが、本作品をただただ泣ける、『感動作』だと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、それは半分正解であり、半分は不正解だと思います。
本作品の最大の魅力、空白の2日間に隠されていた謎、それ以上に私の胸を強く揺さぶったのは、登場人物たちの生き様なのです。
保身だったり、権力だったり。そう言うもののために、黙秘を貫いている梶の立場、またその胸中に抱えている思いの真実は、どんどん、どんどん片隅へと追いやられていきます。しかしそれを良しとしない男たちは、時に自身の立場も顧みず権力に立ち向かいし、時に梶の思いを守り通すために苦い思いを飲み下すことも厭いません。
そしてその『誰か』の思いがたとえ実を結ばなかったとしても、それは形を変え、色を変え、別の『誰か』に受け継がれていくのです。そうして少しずつ少しずつ、梶が抱えている真実を守ろうとするすべての人たちの思いは、分厚く強度を増していくのです。
その男たちの生き様が、もうめちゃくちゃかっこいいのです。派手さはなくとも、輝きはなくとも、自らの信念に基づいて愚直に歩みを進めていく。決して、権力には屈しない。あるいは自らの信念を守り通すがために、忸怩たる思いを抱えながらも、権力の前に膝を屈する。
そしてこの作品が何より見事なのは、そうした男たちの生き様、熱い思いが、最終的には梶がひた隠しにしていた思いとリンクし、見事に溶け合う点にあると思うのです。そのことで日の目を見ることがなかった男たちの生き様が、いぶし銀の輝きを放つ『物語』になるんですね。
そこがもう構成としてお見事で、それがあるからこそ、より一層、空白の2日間の真相に胸を揺さぶられたとも言えるわけです。
なので単純な、言葉一つで語り尽くせるような『感動作』ではない。本作品は、信じるものを持ち、それを守り通そうとした男たちの、人間たちの熱き物語なのだと、私は思います。はい。
『『感動作』とか『泣ける』とか、そう言う作品って苦手なんだよね~』と言う理由からもし、本作品を読まれていないと言う方がいらっしゃいましたら、それは勿体ない!ぜひぜひ男たちの熱き物語、読まれて下さい!
はい。と言うことで本日は2003年の『このミステリーがすごい!』を振り返ってまいりました。
今回は2作品のみと言う、ちょっと寂しい結果でございましたが・・・ふふ。
お次にお送りする予定の2004年は、またこれ、私もびっくりした結果となっていますので、引き続き、お付き合いいただけると幸いです。
あ、あと!
2004年のベスト10には、今や国民的作家となられた、あの作家さんが初登場されているのも、個人的には印象深いです。
ではでは。本日の記事はここまでです。
読んで下さりありがとうございました!