てなことで。本当なら昨日、21日にお送りする予定だった読書感想文。
ですが昨日は公休。
休みの日はリアルに記事を書けるわけなので、ストックを消費するのはもったいない、と言うけち臭い気持ちから、読書感想文は本日22日にお送りしております。
人生、柔軟な気持ちを持つことが大事(言い訳)
そんな具合で本日、お送りするのは月村了衛さんの『欺す衆生』です。単行本としては2019年に刊行された本作品。単行本の際も結構な分厚さがあると言う印象だったのですが、文庫になっても当然のことながら結構な分厚さがあります。
なんですけど。
一言で言うと、めちゃくちゃ面白かったです。
私の読書タイムは夜、寝る前の時間で、時間としてはそれほど長くはありません。
が、とにもかくにも面白さのあまり先が気になって気になって、ページをめくる指を止めることができない!
結果、多分1週間で読了してしまいましたよ、ふふ。
いやしかし何だ。
『機龍警察』シリーズは勿論のこと、それ以外の作品もですが。
月村さんの作品は、どうしてこうも面白いのか。
もっともっと多くの人に知られて、その作品がもっともっと多くの人に読まれても不思議ではない、それほど魅力のある作品を次から次へと生み出される作家さんだと思います。いやほんとに。
てなことで『欺す衆生』です。
主人公は隠岐。彼が身を置いていた横田商事は、高齢者を狙った詐欺を働いていました。それが世間に明るみになり、会長が殺害される、まさに横田商事崩壊の瞬間を目の当たりにした隠岐は、それ以降『元・横田』であることをひた隠しにしながら、平凡な生活を守るべく、冴えない営業マンの仕事に就いていました。
しかしそんな隠岐の前に、やはり『元・横田』である因幡が現れます。因幡は、執拗に隠岐を自らが計画した詐欺行為へと誘います。その誘いを受け入れなければ、今の職場に『元・横田』であることをばらす、そう脅迫までされてしまった隠岐は、仕方なく再び、人を欺して利益を得る悪事に手を染めていきます。
最初は嫌々だった隠岐ですが、人を欺く快感、そしてそれによって得た大金で家族が喜ぶのを目にしていくことで、じょじょに気持ちに変化が起き始めます。
時代の寵児としてその名をとどろかせ始めた因幡と共に、隠岐は人を欺す才能をどんどんと開花させていきます。口先だけで大金を生み出していく2人に、やがて経済ヤクザの蒲生が目をつけ・・・と言うのが、簡単なあらすじです。
私は知らなかったのですが、横田商事と言うのは、実在した豊田商事と言う、やはり高齢の方をターゲットに詐欺行為を働いていた会社がモデルのようですね。
こちらの豊田商事の事件も、最終的には会長が、詐欺被害に遭った方の元上司だと言う男2人によって殺害されている。その様子はテレビでも中継されていた、とのことで。
いやぁ・・・成程。今作品の冒頭を飾る、横田商事会長殺害のシーン。ページ数としてはそれほど多くはないのですが、それを目の当たりにしている隠岐を通して、こちらにまでその恐怖や異常さ、生々しさが伝わってくるんですよね。そこで一気に作品の世界に引きずり込まれると言うか。
ですがまさか、その事件が実際に起きていたことだったとは!
で、そこから始まる隠岐と因幡、更には様々な人間たちの欲に塗れた物語が『これでもかっ!』と言うくらいに描かれているんですけど。
なんだろ。ひとつには、めちゃくちゃ人を欺すことや、詐欺商法の勉強になったと言うか。隠岐と因幡は原野商法から始まって、様々な詐欺行為を働いていくんです。で、そうした詐欺と言うのは今でこそ珍しくない、むしろ時代遅れの感すらあるかもしれないのですが、作中では時代の移り変わりも描かれているので、その時代に最先端の詐欺として描かれているんです。
なので『ライブドア』がもてはやされる時代も登場しますし、そこから少ししてからは『オレオレ詐欺』も登場すると言った感じです。
つまり変な言い方ですが詐欺商法の歴史を、この物語を読むことで知ることができるわけで、そんなもん知っても嬉しくはないかもしれませんが(笑)
でもほんと、そうした詐欺の変遷を読むと『いや欺す側の人間、頭良すぎへん?』と心底、思わされますし、『いつの世も人間は、うまい話に乗っかっちゃうんだね。そしてどこまでも、どこまでも大金を、利益を得るとこを夢見ちゃうんだね』と、なんだかもう『お手上げ!』と言いたくなるような気持ちにもさせられるのです。
そうなんだよな。欺す人間の、その思考力とか想像力とか。あと話術とか。そう言うのが高すぎるんだよな。
だから隠岐も、人を欺く快感に、どんどんどんどんとのめりこんでいく。それが忘れられずに、ずぶずぶと人を欺すことの深みへとはまっていく。
あー、なんかそれはすごく理解できるなぁ~。
あとそうした手法って、別に詐欺に限らず、一般の宣伝にも利用されているような気がして、そこも興味深かったです。
たとえば『○○を匂わせるようなことは言ったけど『○○』とは直接、言ってない』とか。『こちらの何かしらの行為が理由かもしれないけれど、でも、それは可能性の話だし、それを証明する手立てもないわけだから、だからそれはこっちの知ったこっちゃない』とか。
何かそう言うことを考えると、ちょっと極端な考えかもしれませんが、この世の中のありとあらゆる宣伝とかって、いかにそうとは気取られずに、気づかれずに、一般大衆を欺すか、そう言うことに重きが置かれているような気がして。
怖。いや、極端すぎる考えではありますけどね。うん。でも、そう言うのが0だとは、決して言い切れない面もあると思うのですが。
それからもうひとつは、最初は隠岐と因幡だけの物語に『元・横田』の人間をはじめとして、様々なキャラクターが登場するのですが、その個性がみんな濃い!
で、その中には隠岐と因幡を裏切り利益を独占しようとする人間がいたり、会社を乗っ取ろうとする人間がいたりするのですが、ここでもやっぱり感じさせられるのは、人間の強欲さです。
それはもはや底なしとしか言いようがなくて恐ろしいはずなんですけれど、でも、私にはそれが不思議とおかしくも感じられて。
なんかもう、極端なことを言えば、人間って大金を得るためなら、巨額の利益を得るためなら命すら惜しくないんじゃないかな。
そんなことを割と真剣に思わされるくらいの欲深さで、ただただ『あー、人間って愚かだなぁ~。楽しいなぁ~』と笑うしかないと言うか。
いや、でも、私だって人のことは言えない。
自分だけは騙されない。自分だけは目先のエサに釣られたりしない!と思い込んではいますけど、そう言う人間ほど、危ないって言いますものねぇ~。
経済的な理由で我慢を強いてきた妻や2人の娘。その家族が、人を欺して得た大金で贅沢できるようになり、笑顔を見せてくれる。
そのことが隠岐にとっては何よりの喜びなのでしたが・・・やがて隠岐と因幡の快進撃にも、そして隠岐と家族の関係にも暗雲が立ち込めていきます。
隠岐と因幡に襲い掛かってくるピンチの連続、更に忙しさにかまけて家庭を顧みなかった結果、隠岐は娘からも妻からも愛想をつかされ、家庭内での居場所を完全に失います。
家族のために、喜んでくれる家族のために、詐欺の道を歩み続けてきたと言うのに・・・と言うのは、まぁ、もはやこの時点の隠岐にとっては建前でしかないとは思うんですけどね。人を欺くことに、どうしようもない快感を覚えていたわけですから。
しかしこのあたりが本当に身につまされるようなリアルさで描かれていて、胃がキリキリするような、目の前が真っ暗になるような、まさしく生き地獄としか言いようがないくらいのしんどさなのです。
なのに読んでいて面白いのが凄い!
そしてピンチの連続の方にも、隠岐は必死に対応を図ろうとします。しかし雪だるま式に、事態はどんどん、どんどんと悪化していくんですね。
そこももう、隠岐の立場になってみると、それこそ真綿でじわじわと首を絞められているかのような、もう恐怖と息苦しさと、逃げ場のない絶望感が襲ってきてたまらないんですけど、たまらないのに、その雪だるま式に窮地、窮地へと追いやられていく隠岐の姿が面白もあると言う。
なんなの、もうっ!(笑)
しかしついには因幡との関係そのものにもその影響は及んでいき、ここで隠岐は、非常に大きな決断を下すことになります。
そしてこの、隠岐が下したある決断以降、物語の雰囲気、隠岐そのものの雰囲気はがらり、と変わります。
もともと詐欺に従事ている人間たち、人を欺くこと、そのことで巨額の富を得ている者たちを描いた小説の割には、どこかドライさや静寂、仄暗さが付きまとっている、そんな作品である、と言う印象なのですが。
この決断以降、そうした色がより濃くなります。よりドライに、より静寂に、より仄暗く。しかしそうした色がより濃くなったからこそ、そこには序盤とはまた異なる恐怖を感じずにはいられないと言うか。
特に隠岐の変化に関しては、皆から『太った』と言われるその身がまとっている、陽炎のような暗いオーラ、圧倒的な、しかし静寂極まりないオーラのようなもの。それらが発している、有無を言わせぬ経済人としての『いやらしさ』と『強さ』『迫力』、そうしたものが、もう、文章なのに手に取るように想像できるようで、本当に怖かった。
『自分を欺す』-その選択をし続け、因幡との関係においても、ある意味、究極のそれを行った隠岐は、その時点で、それまでの自分を捨て去ったのだろうな、と。
そんなことを強烈に感じさせるほどの、隠岐の変貌は、だけど元から彼はそう言う人間だったのだろうな、とも感じさせるのがまた皮肉。
隠岐の中の胆力のベクトルが、何と言うか、底へ、底へ、深みへ、深みへと向かい続けた結果、隠岐はこうなったんだろうなぁ、と思わされたと言うか。はい。
そして以降、隠岐は世界を相手にした詐欺を行っていきます。
ここで語られる隠岐の心中と言うのが、個人的にはめちゃくちゃ印象深かったし、めちゃくちゃ納得しかなかったし、それ故にめちゃくちゃ怖かった。
それがこちらです。
人が人を欺し、国が国を欺し、国が人を欺す。それが世界の実相なのだ。国が人を欺すことの悪質さに比べれば、自分の仕事などいかほどのものだろうか。
何てかもう、ほんと、その通りだよな、と。
そして自らの詐欺行為を、ここまで正当化できてしまう、正当化と言うか、『悪い』とわかっていながらも『いや、悪さのレベルで言えば、自分のそれなんて大したことないですよ』と言う考えに、隠岐がいたってしまっていることが衝撃的だったのです。
物語は世界規模の詐欺を働く隠岐を中心に、経済ヤクザ蒲生との関係、また隠岐の愛娘の1人、美穂の彼氏の正体を巡る暗い騒動なども描いていきます。
それらすべてを解決していく、そのために動く隠岐の姿には、ただただ徹底したドライさ、冷徹さ、冷酷さ、冷静さしかありません。いやぁ、怖い。
そして物語はラストへ。
全てがうまくいき、これからもうまくいく。
その予兆のように、もう1人の愛娘、結花の幸せそうな姿も目の当たりにして、隠岐は久しぶりに父親としての喜びを味わうことになるのですが。
が。
ふふ。
そこから最終ページにいたるまでの数ページ。そこで描かれている隠岐の精神を奈落の底へ突き落すかのような、隠岐の久しぶりの幸せに沸き立っている頭上に鉄槌を下すかのような展開は、まさしく地獄そのもの。
それ故、私はにやにやが止まりませんでしたことよ。ふふ。
しかしそれでも隠岐はきっと、これまでのように『自分を欺す』ことで、生きていくのだろう、欺し続けるのだろう。
もはや虚無に覆いつくされたその精神を引きずりながら、と感じさせるラストには、もはや一縷の救いすら見いだせなかったんですが、それ故、私にはむしろ突き抜けた爽快さすら感じられました。ははははは。
ちなみに。
月村さんご自身にも、確か娘さんがいらっしゃるように記憶しているのですが。
いつぞやの『このミステリーがすごい!』で、そんな旨を記載されていたような気がするのですが・・・ってか、気がする、気がするの連呼で申し訳ない(土下座)
いや、なんかそのことが頭にあったから、愛娘2人に、自業自得とは言え無下に扱われる隠岐の描写には、より一層の切なさ、やるせなさが禁じえませんでしたよ・・・。
いつの時代も、父親と娘の関係は、たとえ一時的であったとしても切ないものなのだ。
・・・知らんけど(知らんのかい)
はい。
と言うことで本日は月村さんの一大犯罪小説『欺す衆生』の感想をお送りいたしました。めちゃくちゃ、めっちゃくちゃ面白かったです!ってか是非とも、ドラマ化し欲しい!そして世にもっと、月村さんのお名前が知られて欲しい、広がって欲しい!
『機龍警察』シリーズをはじめとして、ほんと、めちゃくちゃ面白い作品ばかりを生み出されている作家さんなのですよ!
だから!もっと!多くの人に知られて欲しい!
ではでは、本日の記事はここまでです。
読んで下さりありがとうございました!