tsuzuketainekosanの日記

アニメや声優さん、ゲーム、漫画、小説、お仕事とのことなどなど。好きなことを、好き勝手に、好きなように書いていくだけのブログです!ブログ名の『ねこさん』は愛猫の名前だよ!かわいいよ、ねこさん!

1が付く日なので読書感想文~『すみせごの贄』

てなことで本日は11日。春アニメ1話感想もお休み。1が付く日なので読書感想文をお送りいたします。

本日、感想をお送りするのは澤村伊智さんの『すみせごの贄』でございます。

本作品は人気シリーズ『比嘉姉妹シリーズ』の最新作です。

 

シリーズにある通り、霊媒師である比嘉姉妹、真琴と琴子、そして彼女たちとかかわりのある人たちが、次々と謎の怪異に遭遇する、と言う物語です。

映画化もされた『ぼぎわんが、来る』から始まり『ずうのめ人形』『ししりばの家』『などらきの首』『ぜんしゅの跫』『ばくうどの悪夢』『さえづちの眼』と続いて、この『すみせごの贄』が8作目となっています。

ホラー、怪奇小説としての魅力をベースにしながら、そこにミステリー、社会的要素を組み合わせた物語。そして個性豊かな登場人物たちのドラマは『面白い!』の一言。

私はシリーズ全作品、読んでいますが、毎回、毎回、本当にページをめくる指を止めるのが難しい。物語、作品に対しての吸引力が凄まじい。だから毎回、『面白い、あぁ面白い、面白い』と心の底から楽しんでいます。

そして毎回、夜中、トイレに起きた際に作品のことを思い出して、背筋をぞくぞくさせると言う(笑)。そんな中で物音なんかしちゃった日にゃ、あなた。

勿論、本作品もこの通りでございました。

 

ちなみに。シリーズ通してレギュラー出演している人物はほぼほぼ一緒です。

ただし先行作品の結末が、その後に発表された作品で明かされていたりもしているので、できればシリーズ作品。刊行順に読まれることをおススメします。

長編、中編集、短編集と作品によってボリュームは異なりますが、今回の『すみせごの贄』は全6編の物語から成る短編集です。

 

ではでは、早速。各作品の簡単なあらすじと感想です。

 

・『たなわれしょうき』

・・・いじめのために不登校になっていた少年は、父親の勧めでとあるライターの取材にアシスタントとして同行することに。訪れたのは滋賀県のある田舎。その地では手が四本ある独特の鍾馗『たなわれしょうき』と呼ばれているその像を門柱に置く習慣があった。それにまつわる伝承を取材している最中、少年は不気味な影を目撃し・・・。

 

澤村さんの作品。この『比嘉姉妹シリーズ』は勿論、それ以外の作品もなのですが、とにもかくにも不可解な存在。不気味な存在。怪異の存在。それの描写がめちゃくちゃ鮮明なのです。だから情報としては文字のそれしかないのに、読んでいてその存在を脳内でリアルに描くことができるし、その存在をめちゃくちゃ感じられる。自分の隣、あるいは後ろ、すぐそこに『それ』はいるのではないか。そんな生々しい錯覚をめちゃくちゃ抱かせるんです。

少年が不気味な影と遭遇、目撃してしまったシーンは、まさにその澤村さんの描写力、それが冴えわたっていて、読んでいてひたすら『ひぃぃぃぃ。怖いぃぃいい』の一言。背筋がぞわぞわしっぱなしでした。

 

不登校になった少年。理不尽ないじめに悩んでいる少年。その少年がこの出来事を通じて成長していく様。それが描かれている作品でもあるのですが・・・まぁ、その成長の仕方と言うか、そこで少年が学んだことと言うのも、またこれめちゃくちゃリアル。

『夢も希望もへったくれもないじゃん!』なのですが、でもこの年で、そう言うことを知っておくこと。悟っておくこと。良い意味で『諦め』を知ることは、それはそれで大切なことではあるよなぁ、とか思ったり。

 

実は怪異でも何でもなく、そこには意地汚い大人の思惑が絡んでいただけ。そんな結論で、苦々しい思いこそすれ『そうだったんだぁ~』と安堵させておいてからの、ラストの展開も、またこれお見事。

怪異を呼び起こしたもの。それが昔話同様、大人たちの意地汚い思惑、それであると言うのも、また実に皮肉がきいていて何とも。

 

・『戸栗魅姫の仕事』

・・・インチキ霊能者であることを隠しながら、動画配信で人気を集めている戸栗魅姫は、珠美と言う少女と共に、長い時間、旅館で迷子になっていた。そんな中、2人は、やはり自分たちと同じく旅館内で迷子になっている女性、華子と出会う。

何とかして旅館からの脱出を試みる3人。その道中で交わされる会話によって明かされていく驚愕の真実とは、と言うお話です。

 

戸栗魅姫、珠美、そして華子。3人の会話の合間には、とある人物の人生。それを綴ったエピソードが挟まれています。それがどう、3人の脱出劇と関係していくのか。またそれぞれの登場人物の『本当の正体』とは誰なのか。そうした部分のミステリー的な仕掛け、驚きも楽しめる作品です。

まぁ、シリーズ通して読んでいらっしゃる方なら、華子の正体についてはすぐにわかるかと思います。ポンコツな私ですらすぐにわかったくらいですので。

 

切ないお話です。でも救いのあるお話だとも感じました。タイトルが良い。まさしくその通りのタイトル。物語の締めくくりの1行にも、このタイトルが登場しているのですが、そう決心したインチキ霊能者、戸栗魅姫の決然とした表情、凛としたまなざし、そしてまっすぐな思い。それらがひしひしと伝わってきて、ただただ胸熱でした。

少しネタバレになってしまうかもしれませんが。

インチキだからわかること。嘘つきだからわかること。インチキで、嘘でしか人の心を惹きつけられなかったからわかること。その術しか知らなかったからわかること。その孤独を知っているからわかること。

その悲痛さ、やるせなさが胸を締め付けてくると同時、『だからこそわかる』と言う部分にはただただ説得力しかなくて、物語の終盤は、ひたすら戸栗魅姫を応援していた私がいましたよ!

 

・『火曜夕方の客』

・・・とあるカレー専門店に、毎週火曜、訪れると言う不思議な客。千円札でカレーを2人前購入し、一口だけ食べた後、残りはすべて持ち帰ると言うその客が気になった店主は、客の後をつけることに。ところが客は墓地の近くで忽然と姿を消してしまった。そこで店主は、比嘉真琴に相談するのだが・・・。

 

『比嘉姉妹シリーズ』では『家族』がひとつのテーマになっているように思います。『家族』、あるいは、『その中で虐げられる人の存在』と言ってもいいかもしれません。それが描かれている作品も少なくないのですが、今作品もそのひとつです。

琴子、そして彼女の夫である野崎(『たなわれしょうき』で紹介したとあるライターとは彼のことで、彼もまたシリーズを通して出てきている人物です)が突き止めた真実。

火曜夕方の客。カレー店にやって来る不思議な客。その正体。そしてその目的には、ただただ言葉を失うばかり。深い悲しみと圧倒的な怒りがこみあげてきて。

また、この、あまりにも残酷な真実。それを招いた大人たちの言い分。これがまぁ、もうめちゃくちゃ生々しくて。『あぁ、こう言う言い訳、ニュースとかで見たこと、聞いたことあるわぁ~』と呆れ返るしかないくらいの生々しさがあって、より一層、もうやるせなさしかこみあげてこなかったと言う。

 

火曜夕方の客が、どんな思いでカレーを買い続けていたのか。そして自分は一口だけ食べた後、それを持ち帰っていたのか。それを思うと、本当に胸が締め付けられます。泣けてくる。こんなの、あまりにも惨い。

自分たちを宣伝に利用された、その怒りも、そりゃ、こんな切実な、痛切な思いがあったなら納得しかないわ。

 

あと物語の終わり方が、ぶつ切りと言うか。ちゃんと解決をしているんだけれど、その後に起こったこと、そして店主に起きたことを描く、その描写が余韻をぶった切るようなそれだったのも、なかなか衝撃的でした。

『宣伝文句に、火曜夕方の客を利用した報いだ』と言う皮肉のようにも思えたし。『利用して良いのは、報いを受ける覚悟がある奴だけだ』的な皮肉と言うか。あるいは昨今のSNSでの炎上、それがいとも簡単に人の人生を狂わせると言う、ひとつの表現のようにも思えたし。

こうした社会的な要素の取り入れ方も、澤村さんの作品、本当に巧みなんですよねぇ。

 

・『くろがねのわざ』

・・・邦画界に名を遺す職人でありながら、1本の映画での仕事を機に業界内での評価が一変。最後はそれを苦に自殺をしたとされる特殊メイク、特殊造形のプロであった鉄成生。その死の謎に1人の青年が迫っていく物語です。

 

なんだろ。適切な言葉が浮かんでこないのですが。もはや怨念と言うか。己の業、技、それに対しての自負であったり、思い入れであったり、覚悟であったり。そうした思い、感情が、もはや怨念と化している。そしてその怨念が、生きものとなってそこに存在している。

『自分の仕事に殉じた』と言う言葉が作品のラストには登場していますが、なんかもう、そこにある怨念がただただ鬼気迫るそれであり、壮絶で凄まじくて、圧倒的なエネルギーを放っていながらも、どこまでも真っ黒で。そんなふうに感じられて、もう言葉を失うばかりの物語、そしてその締めくくりでした。

あれだ。中島敦の『名人伝』、それを今、ふと思い出しました。

語弊ある言い方になってしまうかもしれませんが、ある道を突き詰めた人。突き詰め、突き詰め、その究極を見た人と言うのは、もはや人ではない。その思い、その怨念に凌駕された『何か』なのかもしれないなぁ、と思ったり。

 

また、このラストの声の描写も。

ただその声が発している言葉。それが描かれているだけなのに、どうしてこうも、登場人物たち同様、恐怖に駆られるのか。その臨場感たるや凄まじいし、文字だけで描かれているのに、その声が、言葉が、一言、一言が確かに脳内に聞こえてくるようなのも凄い。それでいて文章としては決して難しくなく、とても読みやすいと言うのも、澤村さんが作家さんとして素晴らしいと思う理由のひとつです。

 

くろがねのわざ。自らの仕事に、道に、そして業に殉じた職人の、仕事人の、男の怨念。怪異の謎に迫ると言うのは、そうしたものを呼び起こすことにもつながっている。怪異を刺激することにもつながっている。そこにどうしようもなく惹きつけられてしまう人の好奇心、それが招き寄せた恐怖を描いたお話も多いこのシリーズらしいお話。そしてその先を読者に委ねるような結末も、いろいろと想像が膨らんだなぁ。ふふ。

 

・『とこよだけ』

・・・オカルト専門サイトで連載を持つライターと共に、和歌山のとある島を訪れた野崎とその妻である真琴。一時は栄えたものの、ある時を境に完全な無人島となったその島に流れる怪談めいた噂を調査するのが、ライターと野崎の目的だった。かくして3人は島での調査を開始。早速、島に残されていた1冊のノート、そこに書かれてあった日記を発見するのだが、と言うお話です。

 

んあー。この作品に関しては、もうこのあらすじからしてネタバレって言うか、重大な虚偽が含まれていると言うかごにょごにょごにょ。

シリーズを読まれている方なら『ばくうどの悪夢』の後の話だと書けば、先ほどのあらすじに『?』と思われることだと思います。『ばくうどの悪夢』の後の話だとしたら、絶対に・・・ですよね。はい。

 

ばけもん。その正体、そしてばけもんに変化してしまう、成り果ててしまう、その理由。それがもう、めちゃくちゃ切ない。悲しい。そこにはただただ納得しかない。

この島に足を踏み入れたが最後、誰しもが、ある理由からばけもんに成り果ててしまう。あまりの説得力からくる恐怖と切なさ。そのふたつがないまぜになった感情は一体、どんな言葉にすればいいのか。

私がばけもんになるとしたら、私の前に現れるのは誰だろう。

・・・あれ、おかしいな。思い浮かんでくる人がいないよ!(涙)

 

ネタバレにはなってしまいますが、ばけもんになりそうな、その寸前のところまで追い込まれた野崎。妻である琴子に対する思いを、普段はそう多く口にしない彼の思いが吐露された描写もまた、非常に来るものがありました。

そして正直、萌えました(土下座)

 

ぶっきらぼうな男がたまに見せる、自分の愛する人に対しての思い。

たまらんよね。ええ、たまりませんね。

 

野崎と真琴。そして琴子と真琴。それぞれの人間関係、その絆の強さ、深さも熱かった。それが野崎を救ったんだもんなぁ。

ってかそうなんだよなぁ。『ばくうどの悪夢』は、完結したようであれ、完結していないんだよなぁ。

シリーズ作品、ほぼ毎年、新刊で読ませていただけるのはとても嬉しいしありがたいですが、そろっとがっつり長編で『ばくうどの悪夢』の続きのお話も読みたいなぁ。

そんな思いもこみあげてきた作品でもありました。

 

・『すみせごの贄』

・・・高級料亭の元料理長だった男性は、ある日『外出する』と言う一言を残して失踪した。彼のアシスタントを務めていた娘、そして彼の料理教室に通っていた生徒たちによると、失踪前、彼の周囲では奇妙な予兆があったらしい。料理教室には代理の講師として1人の女性がやって来るのだが、彼女は男性失踪の謎を解き明かしていく、と言うお話です。

 

代理講師としてやって来た女性。その名前を見た瞬間、やはりシリーズ全作品を読んできた方なら『ひぃっ!』と思われることでしょう(汗)。

あなた、『さえづちの眼』に収録されていた作品にも登場していたわよね。相変わらずお元気そうで何より。

・・・何より、じゃないんだよ!

シリーズ屈指の最恐にして最凶を呼び寄せるあの女性が、探偵役として活躍しているのが本作品です。

この時点で、この物語の結末。それが推測できてしまうのが、もはや『何とも』としか言いようがなかったのですが、案の定、案の定な結末には『ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ』でした。

 

めっちゃ怖かった。めっちゃ怖かった。めっちゃ怖かった(大事なことなので3回言った)

 

ハッチが閉まった、その音が耳に聞こえてくるようで。その直前にこの人が見たもの。見てしまったもの。それがまざまざと目に浮かんでくるようで。

そしてハッチが閉まった後。狭い密室の中で繰り広げられるのであろう血の惨劇、暴力。それがもう、嫌でも想像できてしまって。

『ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ』でした。

夜中、トイレに行ってこのシーンを思い出した時の『ぞわっ』と感と言ったらよ。

 

ただ勿論、怖いだけではないお話であるのがさすがなんですよねぇ。

澤村さんの作品では『家族』、その歪さ、それが多く描かれているように思うのですが、この作品においてもそれはひとつのテーマに据えられていたのではないかなぁ。

 

『家族』と言う名の、閉じられた人間の関係。その呪縛。それに捕らわれ、縛められ、苦しめられてきた者。そこから逃れられず、そこで芽生えてしまった黒い感情、愉悦に支配されてしまった者。そして道を違えてしまった者。

このお話の犯人を『悪い』と断ずるのは簡単で、勿論、悪いことには間違いないのですが。

それでも、そこに僅かばかりの同情を感じてしまうのは私だけではないはずです。

だからこそ、恐怖一色のこの結末にも、またやるせなさを禁じえず。

 

澤村さんの作品で描かれる、語弊ある言い方かもしれませんが『家族』と言う人間関係の犠牲、そこに押し潰されている人の姿、心情、その描写。

そこには本当に胸を塞がれるような思いを抱くのです。

うまいんだよなぁ~。

だからこの作品のタイトルにある『贄』と言う文字、その重みもものすごく胸に落ちてくると言うか。

 

はい。

そんなこんなで本日は澤村伊智さんの『比嘉姉妹シリーズ』の最新作『すみせごの贄』の感想をお送りいたしました。

いやぁ、本作もめちゃくちゃ面白かった。シリーズ、どの作品、読んでも、もれなくめちゃくちゃ面白いって、本当に凄いよなぁ。

 

ではでは。本日の記事はここまでです。

読んで下さりありがとうございました。