tsuzuketainekosanの日記

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1月ラストで1が付く日の読書感想文~『罪の轍』

はい。てなことで本日で1月もラスト!

いやぁ、早いですなぁ。もう2023年、最初の月が終わっちゃいましたよ!

皆さんは何かされましたか?

私は何もしてません(ちーん)

 

そして今日は給料日!

今日のために働いていると言っても過言ではないぞ!

 

はい。そんなこんなで31日、1が付く日なので読書感想文をお送りいたします。

前回、21日は読了が間に合わずお送りすることができませんでしたが、本日は、昨日の記事でも書いた通り、奥田英朗さんの『罪の轍』の感想をお送りいたします。

こちら、文庫本で830ページを超える、超大作。単行本の時は、どれくらいのページ数だったんだろう・・・。

なんか久しぶりに『文庫本だけど、ちょっとした凶器になりそう』と思った分厚さでした(笑)

 

てなことで、まずは本作のあらすじを。

昭和38年。東京浅草で男児が誘拐される。警視庁の刑事、落合は捜査にあたる中で、度々、その姿を現す北国訛りの男に注目する。

男児の両親は豆腐屋を営んでおり、その自宅には、犯人と思しき人物から身代金要求の連絡も入っていた。一刻も早い解決を目指す警察は、しかしその身代金受け渡しの場で、致命的な失態を犯してしまう、と言うのが簡単なあらすじなのですが。

が。

 

成程。

これ、文庫本の裏表紙に書いてある紹介文をほとんどそのまま書いたんですけど、読了した身としては『成程。こう言う感じであらすじを紹介しているのか』と、少し新鮮な気持ちを覚えました。

 

勿論、本作品で肝となっている、主として描かれている事件が、あらすじに書いた通りの、男児誘拐事件であるのは間違いないことです。

ただ最初からこの男児誘拐事件が起きている、描かれていると言うわけではなく、それ以前にもひとつ、事件が起きています。

その事件の流れから、ある人物の存在が浮かび上がってくる。そして発生した男児誘拐事件においても、その人物の存在が関与しているのでは、と言う感じから物語は更に加速していく。

そんな印象が個人的にはあり、『文庫裏のあらすじではあまりにも味気ないぞ!』と感じたので、補足がてら書いておきました。

そうかと言って、自分で改めてあらすじを考え、文章として組み立てるほどの知力は、私にはありませんでした(涙)

 

ではでは、感想へとまいりましょうか。

 

約830ページの作品を読み終えた直後の感想は『ただただ悲しいし、ただただ空しい』でした。

いや、もうね・・・ねー・・・なんか言葉が出てこなかったです。

 

宇野寛治と言う男性が、本作品では登場します。この作品の、主人公と言ってしまっても差し支えないと思います。

この宇野の北海道での暮らしから本作品は幕を開けます。

宇野がどんな人物で、周囲からどのような扱いを受けているのか。またそれに対して宇野自身がどんな思いを抱いているのか。そう言ったことが、語弊ある言い方かも知りませんが残酷なまでに生々しく描かれていて、それ故に胸が詰まるような思いもするのです。そしてとある出来事をきっかけに、宇野が北海道を後にし、東京へと訪れたところから、物語はより広がりを見せていくのですが。

 

なんかですねぇ・・・もうほんと、言葉が見つからないんです。

この宇野と言う人物に対しての言葉。あるいは、宇野がしでかしたことに対しての言葉と言うのが。見つからないんです。

 

宇野がしでかしたことは、罪です。許されざる罪です。

そしてそれは、どうあがいても取り返しのつかない罪なんです。

だから彼を『悪』と断じ、『絶対に許せん!死刑にしろ。今すぐ殺せ!』と言う気持ちは、私の中にもあるんです。うん。

あるんですけど、それと同時『これ・・・仮に宇野を死刑にしたところで、何がどうなるって言うんだろう。ってか、それは果たして本当に、宇野が罪を償ったことになるんだろうか』と言う思いも湧き上がってきて。

だって宇野自身、自分のしでかしたことに対して、さして悪いとも思っていないわけだし、そもそもとして、その時の記憶すら危ういわけだし。

 

そしてまた、そんなことを事件とは直接、関係のない私があれこれと判断を下してしまっていいものなのだろうか。

この事件は『誰』のものであり、その根本の原因は『誰』にあり、『誰』が『誰』に対して『何の罪』を贖うべきなのか。

そんな思いすら湧き上がってきて、結論、もうどうしようもなく悲しいし、どうしようもなく空しいのです。

 

宇野がしでかしたこと。宇野によって奪われてしまったもの。

その尊さ、大きさ。

それに対しての、宇野の、自身の行動に対する認識。あるいは、宇野がそんな認識すら抱けないような人間になってしまった原因と思しき人物の存在。

そうしたものの現実感の無さであったり、もはや絶望的なまでの諦念であったり。

その対比が、なんてかもう、対比自体が絶望的であると感じさせるくらいに、ただただ空しいんですよね。うん。

 

宇野の幼少期。ある人物の存在によって行われた宇野に対する行動は、あまりにも陰惨で、あまりにも残酷で、あまりにも理不尽極まりないものでした。

それが原因で、宇野は精神、知能に多大なダメージを負い、今のような人生を歩むことになった・・・と言う面があるのは確かなのです。

でも、なんか『それはわかるけど、でも、それとこれ(宇野が起こした事件で失われた存在)とは関係ないよね!』と言う思いも湧き上がってきて。

『しでかしたこと』は、本来は、その背景、特にその罪を犯した人間のそれに左右されるべきではないと思うんですよ。うん。それで罪が判断されてしまう、そこへの償いが左右されてしまうと言うのは、あまりにも危ういことだとも思うんです。うん。

なんですけど、でもやっぱり、『いや、でも、もし宇野があんな目に遭っていなければ・・・始まりが違っていれば、きっとその先も、今の宇野も、違っていたんじゃないだろうか』と言う思いも湧き上がってきて。

 

なんかもう、だから言葉がないのです。出てこないのです。

宇野と言う人物。宇野がしでかしたこと。宇野の人生。宇野の思い。

それをどう断じて、どう判断すればいいのか。そしてどう表現するのが適切なのか。

私にはいくら考えてもわからず、決められず、結局は、失われた存在、そこに悲しむ人々の姿、それだけが胸を刺すような痛みをもたらしてきて。

ただただ空しく、ただただ悲しいのです。

 

『自分は生まれて来ない方がよかった。そう思えば、怖いものなどない』

 

作中、こんな宇野の思いが描かれているのですが。

この一文に触れた時、もうほんと、体が震えるような思いがしました。

ここにあるのは、もはや圧倒的な孤独です。

誰も、何も、徹底的に寄せ付けすらしない孤独。

宇野の、宇野だけの孤独。

宇野が自分を守るために、宇野が培ってきた孤独。

だけれど、こんな思いを彼が抱く、その理由もまた私にはわかる、と言うのはおこがましいですが、それでも納得できるような思いがして、それがまた辛かった。

 

そしてこの後、宇野が下すひとつの決断。

それがまた、どうしようもなく切なく胸を締め付けるんです。

宇野もわかっていたんですよね。

でも、それもまた本当に『それ』だけが原因なのか、と言う思いもこみあげてくるんですけれど。

それでも、『それ』が大きな原因であるのは言うまでもないことであり。

宇野もわかっていて、生きてきていた。

その心中を察すると、そしてこの決断を下した瞬間の思いを察すると・・・切ない。

 

一方で、この宇野を追いかける刑事たちの姿。これが実に熱く、躍動的に描かれているのも、印象的なのです。

なんだろ。こー、どんなに突き抜けても、突き抜けても、徹底的に圧倒的な孤独がその体を貫いている宇野。その暗く冷たい躍動感と、刑事たちの熱い躍動感。あるいは、犯人を逮捕するために一致団結する(まぁ、そればっかりでもないんですけど。ここはお約束よね!)刑事たちの姿がとても対照的なんですよね。うん。

そこがまた面白いし、だからこそ、どちらの感情も実にダイレクトに読み手であるこちら側に伝わってくると言うか。

 

更に宇野、刑事に続く第3の語り手として登場するのが、町井ミキ子と言う少女です。自分が置かれている環境、更には自分の出自に様々な葛藤を抱きながら、それ故、学をつけ自立を目指している彼女は、実家の旅館の手伝いに日々、奔走しています。

彼女の弟、明男はヤクザを生業としており、宇野とも関係があるようです。そのため、ミキ子も事件の事情を知っていくことになるのです。

とにかく気が強く、情深い彼女の語り口は、読んでいて気持ちがいい(笑)のですが、彼女の視点はいちばん、読者に近いものがあるかもしれません。

その彼女が語る事件に対しての思い。それもまた、より一層の虚しさ、もの悲しさを駆り立ててくれるのですよね。うん。

 

宇野、刑事、そしてミキ子たちが生きているのは、オリンピック開催が迫っている時代の東京です。

そのため世間全体が沸き立っているような、浮ついているような。そんな雰囲気に満ち満ちています。だからこそ、宇野の存在、どんなにそこに溶け込んでいるように見えても、溶け込めず弾き出されてしまうようなその存在の暗さが際立っている。

更にその中で宇野が起こした事件。その残忍さ、暗さに対しての人々の熱狂っぷりは、今の時代にも共通しているものがあるように感じられて、いろいろと考えさせられました。事件の報道の変化、それも含めて『これまで』とは明らかに違う現実に、その渦中にある刑事たちが戸惑う姿も印象的でした。なー。

 

最後に。

本作品のタイトルは『罪の轍』です。

 『轍』って言葉の意味、正しく理解できているようで自信がなかったので、改めて調べてみたのですが。

『車輪の跡』と言う意味で、転じて『先例』と言う意味があるとのことで。

なのでタイトルに関しては、罪の跡。罪の先例、って理解するのが良いのかな。

 

では、このタイトルにつけられた『罪』は何を意味しているのか。

作中で描かれているいろいろな事件の、あるいは事件にされていない出来事の、どの『罪』を指しているのか。

その答えは、読者ひとりひとりによって変わってくることでしょう。

ただ私は、それを考えた時には宇野の存在が、暗闇の中、ぼぅっ、と浮かび上がってくるようで、やはりどうしようもなく悲しく、空しくなったのでした。

彼の幼少期。彼が見舞われた『罪』。

それが残した跡が宇野そのものであり、宇野が起こした『罪』であり。

 

はい。そんな具合で本日は『罪の轍』の感想をお送りいたしました。

なんかひたすら『悲しい』と『空しい』の繰り返し。そのためいつも以上に中身の薄い感想になっているような気がしなくもないのですが(汗)

いやでも、これは作品を読んで頂ければ、私のこの気持ちも多少はご理解いただけるはず・・・だと思います、ってか思いたい。

 

人は生まれを選ぶことはできない。

しかしどう生きるかを選ぶことはできる。

そんな言葉もあります。

 

でも『どう生きるか』を選ぶ、その気力すら、認識すら、正しさすら奪うような生まれもまたあるのではないでしょうか。

その残酷さ、過酷さが、胸を貫くような。

そしてまた、ならばその轍に、あなたは、社会は、どう対していくのかと言う問いを投げかけられているような気もします。はい。

 

ではでは。本日の記事はここまでです。

読んで下さりありがとうございました!