tsuzuketainekosanの日記

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1が付く日の読書感想文~『汚れた手をそこで拭かない』

11日です。1が付く日なので読書感想文をお送りいたします。

本日、感想をお送りするのは芦沢央さんの『汚れた手をそこで拭かない』です。

 

タイトルを書くにあたって改めて調べてみて気が付きました。

私、ずっと『汚れた手でそこを拭かない』だと思い込んでいました。

主語と目的語がごっそり、入れ替わってるじゃないか・・・。

 

てなことで『汚れた手をそこで拭かない』の感想です。短編集です。

芦沢さんと言えば、人間の本性。

人間の嫌な部分、怖い部分、それを突き付けてくるかのような描写には『うわぁ』と顔を顰めたくなるような、目を背けたくなるような。胸が重たくなるような感覚も味わう一方、何故かそれが他人事とは思えない、それ故の暗い愉悦を味わうこともあり、その相反する感情の融合がたまらない。

そんな面白さに満ち満ちた、数多くのミステリー作品を刊行されていらっしゃる作家さんでございます。

 

ごくごくありふれた、普通の日々。その中で起きる、事件とも呼べないほどの出来事。しかし当人たちにとってはまさしく『世界』が一変するかのようなその出来事を、やはり非常に生々しい筆致で描いているのが、今回の短編集でございます。

ごくごくありふれた、普通の日々。『私』にはそんなつもりはなくても、『世界』は一瞬にしてその姿を変えてしまう。

そんな怖ろしさ、空しさ、絶望、悲しみが迫ってくるような作品ですよ~。

 

ではでは。1話ずつ、感想をお送りいたしましょう。

・『ただ、運が悪かっただけ』

・・・死期が迫った女性。彼女は自分を支え続けてくれた夫が、夜中、時折、うなされることが気になっていた。意を決して彼女は夫に『何か苦しいことを抱えているならば、それを私に預けてみないか』と言葉をかける。かくして夫から返ってきたのは『昔、人を殺したことがある』と言う衝撃的な言葉だった。

 

悲しい・・・。明かされた真相、それ自体は、何だろうなぁ。いや、そこにもまたある人物のやり場のない暗い感情。それを強く感じさせて、これもこれで悲しいと言うか言葉が出てこない、適切な言葉が見当たらない、そんな感情に胸を覆い尽くされるのですが。

それを経てのラストが、ひたすらに悲しい。私はそう感じました。

単純に考えれば、主人公の夫の抱えていたもの。それがもしかしたら軽くなるかもしれない、そんな真相でありラストなんだけれども。私にはそうは思えず。

『真実を知ることは必ずしも救いにはならない』と言う当たり前のことを突き付けられたような思いすらしました。

 

タイトルが秀逸。『ただ、運が悪かっただけ』と言うこの言葉が、この作品の存在抜きにしても、本当に『その通り』としか言いようのない、ある種の諦念、絶望を伴って胸に染みこんでくるんだよなぁ。

社会で起きる、ありとあらゆる理不尽極まりない出来事。それに『世界』を破壊され、人としての尊厳も破壊された人の『どうして私が』と言う思いに対して、ある種、究極の、そして最も正しいのかもしれないとしか言いようのない言葉だと思う。

だから悲しいし、だから怖い。

いつか自分も『ただ、運が悪かっただけ』と言う言葉でしか片付けようのない、そんな理不尽に見舞われるのではないかと言う気がして、ひたすらに怖い。

 

・『埋め合わせ』

・・・小学校教諭の秀則は、プールの水を大量に流出させると言うミスを犯してしまう。自らの立場が危うくなり、更にはそれなりの金額である弁済金の支払いを求められるかもしれない事態を前に、彼はどうにか、この失態を隠蔽できないかと画策し始めるのだが。

 

『ミスをしたらちゃんと報告しましょう』『それもしなかった秀則の自業自得』、そんな言葉で片付くような作品なのですが、だからこそ怖いのだ。

私もミスをしてしまった場合、真っ先にそれを正直に申告することよりも、それを隠すことに意識が傾く人間です。そして実際に、こっそりと隠蔽、ごまかしたことも一度や二度どころではないと言う(汗)

そんな私だからこそ、ミスをしてしまった秀則の、追い詰められていくかのような心境。焦る脳内で、それでも必死になってあれやこれやと策を練る姿には、ただただ共感しかなかったし、とても他人事とは思えなかったです。

だから怖かった。『正直に言った方が、間違いなく楽なんだよな』と言うこと。それがわかっているのに、それをしない、それ故にどんどん墓穴を掘っていく秀則の姿が怖かったのです。まるで私じゃん。

 

物語の中盤。秀則の策を見抜き、その隠蔽に協力を呼び掛ける人物が登場してくるのですが・・・その人物に対しての『おまえ、手首ガタガタやないかい!』とツッコむしかないような秀則の熱い掌返しっぷり。その単純さも、やはり他人事とは思えず(汗)

案の定『そんなうまいこといくわけないじゃないか!』と言う盛大なツッコミが冴えわたるラストには、ただただひきつり笑いです。

今後、体のいいコマとして扱われる秀則の姿が目に浮かんでくるよ・・・。

 

・『忘却』

・・・隣室の住人が亡くなった。猛暑の中、エアコンもつけずに昼寝をしていた、その末の熱中症での死だった。その住人あてに電気代の督促状が来ていたこと。誤って開封したそれを、隣室の住人に届けるのを妻にお願いしていたこと。しかしじょじょに物忘れが進行してきている妻が、それを忘れていたこと。

その事実に、主人公の武雄は、間接的に自分たちが隣人を死に追いやったのではないか。そんな思いに駆られるのだが。

 

何気なく行った行為が、誰かの命を奪ったのかもしれない。そんな不安。そしてそれが明らかになったなら、自分たちはどうなるのだろうかと言う不安。いくつもの不安。決して今の段階では明確な輪郭を伴っていない、でもある日、ある時、突然、鮮明な輪郭を伴って目の前に出現してくるかもしれない不安。

その、爆発しそうなのに、どこか生ぬるさを伴った不安と、まだらな物忘れが進行してきている妻の状態。その不安定さのようなものが噛み合っていて、何とも言えない感覚にとらわれるような、霧が漂っているかのような作風がとても印象的な作品です。

 

そしてこの作品で終盤、明らかにされるのは思いもしていなかったような事実。それを突き付けられた際の武雄の気持ち。何故、相手はそんなことをしたのかと考え、そこには本当に些細な出来心で、罪悪感もさほどなかった。やがてそれが『当たり前』として日常に溶け込んでいった中で、いつしか『そうしていること』すら忘れるようになっていった。そんな考えに至った時の、何とも言えない感触も実に秀逸なのです。

だよなぁ。生きるって、生き続けるって、日々の連続。時間の連続だもんな。だから最初は、良くも悪くも特別だったはずの行為もいつしか慣れていく。行為であることを忘れていく。否、慣れていかなければ、忘れていかなければ精神がもたない。生きてはいけない。そうしていく内に、その行為、そのものも単なる習慣になっていく。

そう考えると私たちは生きること、それそのものも、もしかしたら忘却しかかっているのかもしれない。

 

そんな虚しさ。うすら寒さ。もの悲しさ。そんなことすら思わせる武雄の妻の、最後の一言がものすごく強烈。

 

・『お蔵入り』

・・・国民的アイドルグループのメンバーとベテラン俳優をメインに据えた映画。その完成を間近に控えたところで、監督の大崎は、プロデューサーの森本から思いもよらぬ事実を告げられる。それはベテラン俳優の薬物使用疑惑、そしてその証拠となる動画の存在だった。2人はベテラン俳優にその事実を確認しに行くのだが、怒りに駆られた大崎はベテラン俳優を殺害してしまう。彼らはベテラン俳優の殺害を、薬物疑惑ごと隠し通そうとする。だが犯行現場となった旅館の従業員が、映画に出演していたアイドルグループのメンバーに疑惑がかかるような証言をしたことで事態は思わぬ展開を見せる。

 

テレビ番組の制作サイドの人。と言うか、芸能界に携わっている人たちと言えばいいのかな。そうした人たちと、そうではない人たち。いわゆる視聴者である一般の人たちの物事に対する認識の違いみたいなもの。それを突き付けられるような出来事が昨今、マスコミなどをにぎわせることも多いですよね。

犯人である大崎、その場にいた森本。彼らたちが何よりも『その場に彼は不在だったこと』を知るアイドルグループのメンバー。旅館の従業員である女性は、何故、彼に犯行疑惑が浮上するような証言をしたのか。

 

物語の終盤はそこに焦点が当たっていくのですが、そこの流れには、私は、先程、書いたようなことを強く感じずにはいられませんでした。

一言で言うなら『想像力の欠如』です。少なくとも私は、何故、彼女が嘘の証言をしたのか。物語を読み進めていくにつれ、彼女と偽の証言をされたアイドルグループのメンバーとの過去。それを読み進めていくにつれ『あぁ』と察しがついたし、真相もその通りだった。

だから『そうか。その『内側』にいた大崎には、こんなことすらもわからない。あるいは思い浮かんですらこないんだな』と悪い意味で驚かされました。

そして『言葉が通じない』と言う言葉がふと頭に浮かんできて、やはりとても恐ろしいような心境になったのでした。

 

番組のため。作品のため。娯楽のため。面白さのため。その『ため、ため、ため、ため』と言う言葉に、横暴に人生を狂わされた人は、私のこんな思いの何倍、何十倍、何百倍もの恐怖、苦しさ、絶望を突き付けられていたんだろうなぁ。

 

これこそ『自業自得』としか言いようのない作品です。だからこそ『結局、現実は何も変わりゃしない』と言う怒りと虚しさを前に、真実を口にする。そう宣言した女性の言葉には痛快さしかなかったです。

それを前にして『自分は間違ったのだ』と気づいた大崎の、だけどその気づきが向かっている方向が、やはり自己保身以外の何物でもないのが、またこれどうしようもない。

 

・『ミモザ
・・・人気料理研究家の女性。その女性の前に姿を見せたのは、かつて道ならぬ恋に身を焦がした男性だった。久しぶりの再会に言い知れぬ高揚を覚える女性に、男性は金を貸して欲しいと頼み込んでくる。一回りも年下の、それも昔の恋人である自分に金を無心にしてくる相手。そこに暗い悦びを覚えた女性は金を貸すことを決心。ところが男からの金の無心は一度だけに留まらず、次第に女性の生活は男の存在に乱されていく。

 

瀬部と言うんですけどね。この男の名前。この瀬部のキャラクター造形、そしてその描写が、まぁ、ずるいんですわ。

『そりゃ、昔、道ならぬ恋に落ちたこんな男と、また『いかにも』な感じで再会しちゃったら身も心もドキドキしちゃうわな』と、主人公に同情したくなるほどに魅力的と言うか。なんかもう『どうあがいても堕ちていく道しか見えないよね』と言う雰囲気しかないのに、だからこそ引き寄せられちゃう感じがあると言うか。うん。

 

瀬部が心底、主人公である女性のことを思っていない。ただただ己のことしか考えていない。いかにして金を借り続けるか、それしか頭にない。それもその言動からはひしひしと伝わってきて、主人公に対しては『ご愁傷さまです』の一言しかないのですが。

『金の切れ目が縁の切れ目』なんて言葉があるけれど、住所も知られている、そして料理研究家として活躍していると言う主人公の立場上、それすらも難しいわけで。

ちなみに何故、瀬部が昔の恋人であった主人公の、今の住まいを知っているのか。この真相は実にリアルと言うか『実際にこう言う事例があったとしてもおかしくはないよね』と言う生々しさがあって、ぞっとしました。

 

瀬部に生活の平穏、それを次々と脅かされていく主人公。彼女は瀬部に対して『私は何も悪いことはしていないのに』と泣きつきます。

それに対して瀬部が答えた言葉が、個人的には強烈でした。

 

そしてこれもまた1話の『ただ、運が悪かっただけ』と言うタイトル同様。

理由なんてなにひとつわからないままに、ただただ突如、降ってきた理不尽にそれまでの日常を、これからの日常を破壊された人たち。

その人たちに対してかけるにはあまりにも残酷な言葉で。でも、確かにそれもまた真実であると感じさせるような言葉であり。だからこその残酷性が、またまざまざと浮かび上がってくるようで、もはや言葉がないとしか言いようがなくて。

何よりも日常を侵食していく側である瀬部がこの言葉を口にしたのが、途方もなく悔しい。

 

でもほんと、その通りなんだよな。

悲しいな。

 

主人公の絶望、苦しみ、悲しみ、後悔。それらにとどめを刺すかのようなラストの展開には、ただただ言葉を失うのです。

辛い。

 

はい。そんなこんなで本日は芦沢央さんの短編集『汚れた手をそこで拭かない』の感想をお送りいたしました。

 

ではでは。本日の記事はここまでです。

読んで下さりありがとうございました。