tsuzuketainekosanの日記

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生っぽいお芝居ってなんだろう~つらつら考えてみた

『みなと商事コインランドリー』のボイコミ。

そちらでの湊晃演じる山下誠一郎さんの演技があんまりにも素晴らしかったのが、今回の記事を書くに至った衝動です。

勿論、香月慎太郎を演じられていた島﨑信長さんの演技も最高でした。

 

さて。

山下さんと言えば、いわゆる生っぽいお芝居をされる声優さんとして知られている。そんなイメージが個人的にはあります。

山下さんと同じように、お芝居の質感が生っぽい声優さんとしては、たとえば細谷佳正さんがすぐさま浮かんできます。すまんな、私の推しだからな。

それから榎木淳弥さん。あと、あんまりブログ内では触れていないように思うのですが、畠中祐さんのお芝居も、割と生っぽい感じがします。

 

女性声優さんで見ていくと上田麗奈さん、戸松遥さん、黒沢ともよさん、安済知佳さん、悠木碧さん。それから小林裕介さんから『生っぽい芝居の申し子』と評された宮本侑芽さん、若山詩音さんなども挙げられるかな、と思います。

ってか安済さんに関しては、所属事務のHPの紹介文に『特に生っぽい芝居を得意とする』と書かれてありました。

事務所公認の生っぽいお芝居。でもわかるわ。わかりみしかないわ!

あと黒沢さん、悠木さん、宮本さんや若山さんは子役として活躍されていたと言う共通点があるのも、なんだか面白いですね。

 

ただ、ですね。ここにお名前挙げなかった声優さんに関しても、作品によって生っぽいお芝居で役を演じられていると言う方はたくさんいらっしゃいます。

たとえば、わかりやすいところで言えば『チェンソーマン』が挙げられるかと。

初主演を務められた戸谷菊之介さんはじめ、ファイルーズあいさん、坂田将吾さん、楠木ともりさんなどなど。出演されていた方々の演技は非常にリアルよりな、生っぽい演技でしたよね。でもこの声優さんの他の作品の演技を考えると、個人的にはあまり生っぽい演技をされる声優さんと言う印象はないので、やはりこの作品だからこそのそれだった、と言えるのだと思います。

 

ちなみに。この『チェンソーマン』に関しては演出などが、原作の魅力を損ねているのではないか。そんな声も挙がっていたように思います。演技に関しても『この作品に求められる演技はそっちじゃない!』と視聴者さんからの反応はあまり芳しくなかった印象があります。

結果、今年公開予定の劇場版はアニメから監督が変更。そしてそれによって声優さんに求められる演技の方向性も変更になったのでしょう。

特報映像でのデンジを演じる戸谷さんの演技に『これだよ、これ!こう言うのを求めてたんだよ!』と拍手喝采を送ったのは、コメント欄を見る限りだと私だけではないようですね。

ただその中でも、やはり通常運転、故に異彩を放っているリゼ役の上田さんの演技よ。

 

てなことで若干、話が脱線しかけましたが。

今日は『一体、生っぽいお芝居って何だろう』『どう言うお芝居が生っぽいお芝居なんだろう』と言うのを、ひとりでつらつら考えてみた。それを記事にしていこうかと思います。

 

当たり前ですが個々の声優さんの演技を貶すつもりも、また『生っぽい演技が素晴らしい!』『アニメならでは演技はダメっ!』などと言うつもりも毛頭ございません。

 

生っぽい演技と聞いて、まず思い浮かべたのが『オーバーでない』と言うことでした。

そしてそれ故に、時には『下手くそ』だの『棒演技』だの。酷い場合には『やる気がない』と言う、もはや言いがかりとも思えるような批判をぶつけられることもある。

いや、ほんとに。実際にそう言う意見を目にしたことがあるので。

 

『オーバーでない』、故に批判をぶつけられることがある。

これに関しては、多くのアニメ作品では少しオーバー気味な演技。アニメだからこその演技が採用されている。だから視聴者としても自然、そう言うアニメ、そう言う演技に慣れていることが多い。

だからそうじゃない演技、生っぽい演技が来ると、どうしても違和感を覚えてしまうと言うことなんだと思います。

 

人間の脳って、慣れ親しんだ物事にはやさしいけれど、そうじゃないものに関しては、初期の段階では強烈な拒否反応を覚えるって聞いたことがあるし。

 

更に言うと、アニメ寄りの、アニメだからこその演技と言うのは、少しオーバーであるがために、感情表現としてのわかりやすさのようなものがある、とも個人的には感じます。

けれどこれが生っぽいお芝居になると、そのわかりやすさはどうしても薄れる。

それももしかしたら『下手』だの『棒』だの叩かれる理由なのかなぁ、とも思ったり。

 

先程、生っぽい演技をされると思う声優さんのお名前を挙げさせて頂きましたが。

その女性声優さんに対しては、こうした批判の声と言うのは、あまり耳目にしたことがないように思います。

こんなことでお名前を挙げるのもどうかと思うのですが、細谷さん、そして榎木さんに関しては、正直、めちゃくちゃ、めちゃくちゃ、この手の批判の声が投げつけられているのを耳目にしています。

 

細谷さんは、元は洋画の吹き替えを主戦場として活躍されていた声優さんでした。

そこから縁あって『テニスの王子様』のOVAで白石蔵之介を演じられ、アニメにも出演されるようになった。

そして2010年には『刀語』の鑢七花でアニメ初主演を果たされています。で、私は放送後しばらくたってからこの作品を視聴したのですが。

『やっぱりこの細谷さんと言う声優さんの演技。私はめちゃくちゃ好きだし、なんか凄い演技だなぁ!』と嬉々としてネット上での評判を検索した時の、フルボッコ具合と言ったらですよ。おっふ。とにかく『棒演技』と言う文字が、やたら目に入ってきた気がします。勿論『ナチュラルな芝居で最高』『芝居がうまい』と言った好意的な意見もありましたが。

 

ちなみに散々、このブログでも書いていますが。

洋画吹き替えの現場からアニメの現場に行って、求められるものが違う故に、めちゃくちゃ苦労された細谷さん。

何より『アニメの現場では綺麗なものを求められすぎる』のが気に入らなくて、『自分はそこに泥団子を投げてやる、の精神でやってきた』と以前、話されていました。

s.animeanime.jp

この回です。この回で、そんなようなことを話されていたのです。

泥団子です。細谷さんの、あの素晴らしいお芝居は、泥団子なのです(違)

 

いかん。話がまた脱線しかけてるぞ。

 

てなことでアニメっぽい演技に比べると、生っぽい演技は、オーバーでないが故にわかりにくいのかもしれない。もしかしたら、アニメっぽい演技に慣れている人間からすると、演技として薄味、抑揚の足りない棒にも思えてしまうのかもしれない。だからともすれば批判の的にもなる。

そんなことを改めて思ったのですが。

 

じゃあ私は、なんでこんなに生っぽいお芝居が好きなんだろうか。

そこから思う、私が思う、生っぽいお芝居の魅力って何だろうか。

そんなことをここからは書いていきたいと思います。

 

なんでこんなに生っぽいお芝居が好きなのか。

これに関しては、もう単純。

『初めて触れた細谷さんのそのお芝居に、ガチで『心が震える』と言う経験をしたから。そして『なんだこの演技は!』『この人、東峰旭と同じ経験をしたことがあるんじゃないのか!?』と心底、思わされた』からです。

 

これも散々、ブログに書いてきましたが。

ハイキュー!!』1期の第8話。『"エース"と呼ばれる人』ですか。

この回での東峰旭の台詞。『知ってる。よく知ってる』の細谷さんの演技。

そこにそれはそれはもう、衝撃と共に『うわわわわわわわわわわ!』と心がゆさゆさ揺さぶられるような感覚を受けまして。

 

なのでそこから私は細谷さんを声優さんとして強烈に意識するようになり、そのお芝居に魅了されていったわけなのです。

だからやはり、私の中では、細谷さんのお芝居が好き→故に細谷さんのお芝居と似た性質を感じさせてくれるお芝居が好き、と言う方程式のようなものが成立しているんだと思います。

 

次はここまで私の心を魅了する生っぽいお芝居。その魅力とは何ぞや、と言う話に入っていきますが。

 

あくまで持論です。持論ですが。簡単に言うと『わかりにくさ』だと思います。

いわゆるアニメっぽいお芝居が、感情の表現がアニメだからこその、少しのオーバーさを伴っている。それ故のわかりやすさがある。

それに対して生っぽいお芝居は、何と言うか、感情の機微と言うもの。その言葉を発している本人すらもわからない感情の一切合切。それが煮詰められているような。味気ない顔して、実はとんでもなく濃厚。そんな面白さがある。そんなふうに思うのです。

 

どんなたとえ。

 

勿論、アニメだからこそのお芝居、また生っぽいお芝居。その全部が全部、そう言うわけではないと言うのは、言うまでもないことです。

あくまで何と言うか。全体の傾向としての話と言うか。はい。

 

たとえば『呪術廻戦』の主人公、虎杖悠仁を演じられている榎木さんのお芝居。

これも初めてアニメを見た時には『榎木さんのお芝居はこう言う質感だ』と言うのを知っていてもなお衝撃的でした。

語弊ある言い方かもしれませんが。こー、割と、もしかしたら『わかりやすい』と誤解される感もありそうな。誤解と言うか『単純な子だね』と受け取られてしまってもおかしくないような虎杖悠仁と言う人間。それが榎木さんのお芝居によって、その魅力であるわかりやすさ、単純さも維持されつつ、しかし同時に、『それだけではない』と言う、底知れなさ。それをも確かに感じさせる人物になっていたなぁ、と。

私は作品を視聴していて、強く思ったのです。

 

伝われ(無理)

 

先程、挙げた、細谷さんの演技。

旭さんの『知ってる。よく知ってる』と言う言葉、思いが吐露された心の声にしても。

願い、羨望、後悔、諦念、期待。

そう言うのがないまぜになっているように感じられて。

良い意味でのわかりにくさ。

『わかりにくい』って書くと、なんかネガティブなイメージが先行してしまうような気もするのですが。

一直線でないと言うか。割り切れないと言うか。

そしてだからこそ、ストレートな感情の表現がより際立ってくると言うか。

 

で、やっぱり現実において。日々の生活において、私たちの感情の表現と言うか。感情から発する言葉とか、感情そのものも、決して単純なものばかりではないじゃないですか。

自分でもよくわからない感情。自分でも、どういう思いで発したのかわからない言葉と言うのもたくさんあるわけでして。

だからこそ、個人的にはこう言う生っぽいお芝居には、ものすごく体温。それこそ人間の肌の、その柔らかな質感。それを感じることも少なくはなく。

 

なので私は、生っぽいお芝居が好きなのかなぁ、大好物なのかなぁ、とも思いました。

 

冒頭の話に戻ると『みなと商事コインランドリー』の山下さんの演技。そのラスト。

慎太郎が出ていって1人、残された晃が、慎太郎への思いを自覚したのであろうシーン。

テレビで放送されている野球中継。その音声を背景に、自分を戒めるような言葉を口にするシーン。

ここでの山下さんのお芝居なんか、もうほんとに、ほんとに、割り切れない感情。どう表現していいか自分でもわからない感情に振り回されてる感。色んな感情がごった煮になっている感。あらゆる感情の機微。それ故の生々しさが爆発しているようなお芝居で、もう何回、視聴しても『ふわぁぁぁぁぁ』ってなるのです。

素晴らしさのあまり『ふわぁぁぁぁ』ってなるのです。

そして何と言うか、その生きたお芝居から、演じられている役が圧倒的に立体的になって、ものすごい説得力のようなものが生まれる、そんなことをしみじみ感じるのです。

 

あと個人的。ここの山下さんのお芝居。

ものすっごい細谷さんのお芝居を彷彿とさせるなぁ。

そう感じたのですが、まぁ、これはひとえに私の妄想ゆえでしょう。

 

ってか早くこのおふたり、メインでがっつり共演してくれ。

 

そんなこんなで本日は『生っぽいお芝居とは』について考えてまいりました。

案の定、何を言いたいのかわからない記事になってしまいましたが。

 

結論。生っぽかろうがアニメだからこそのお芝居だろうが、素晴らしいお芝居は心に効く。ありがとう、声優さん。

 

ではでは。本日の記事はここまでです。

読んで下さりありがとうございました。