tsuzuketainekosanの日記

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変則ですが読書感想文~『檜垣澤家の炎上』

本日はお給料日です。ありがたや、ありがたや。

 

はい。そんなこんなで21日、読書感想文をお送りできませんでした。

で、来月31日は大みそか。なので読書感想文はお休み。となるとあと2回、読書感想文をお送りするわけですが、ちょうど読んでいる本も、読み終えた本も含めて2冊。

『ならば今年、読んだ本は今年の内に感想文をお送りしてしまおう』と思い、今回、変則ではありますが読書感想文をお送りすることになりました。

また感想をお送りする作品は年末のミステリーランキング。そちらのランクインも予想されているので『ならば結果が発表される前に』と言う思いもあります。

 

てなことで本日、感想をお送りするのは永嶋恵美さんの『檜垣澤家の炎上』です。

文庫です。文庫ですがお値段、1210円。そしてページ数は参考文献紹介や解説含めるとほぼ800ページ。ページ数に関しては事前に知っていたのですが、それでもいざ、手元に届いたのを見たら『おう。分厚い』と少し驚きました。

 

ではでは。早速、あらすじをご紹介。

主人公は高木かな子と言う1人の少女です。だから実に端的に紹介すると、この作品は、檜垣澤家におけるかな子の人生を描いた作品とも紹介できます。

檜垣澤家は、横濱では知らぬ者はいないと言われるほどの富豪一族。その当主の妾の子であったかな子は、母の死に伴い檜垣澤家に引き取られます。

物語は当主、すなわちかな子の父が病で亡くなるところから始まります。

一族を率い、そして商売の舵を取るのは、かな子の父親の本妻である刀自、スヱです。スヱの存在もあり、檜垣澤家は圧倒的に女系が権力を握り、存在感を放っていました。

ある日、その檜垣澤家の娘婿が不審な死を遂げます。檜垣澤家の中で成長していくかな子は、様々な出来事を通じてその死の謎に近づいていく、と言うお話です。

 

冒頭にも書きましたが 、年末のミステリーランキング。そちらにランクインするのでは、と言う予想を読む前には目にしました。なので個人的には『一族の中で次々と起きる殺人事件。その謎に妾腹の子が挑んでいく!』と言う華麗なミステリーなのかな。そんな印象を勝手に抱いていたのですが。

あくまで個人的な感想ですが、ミステリーとしての要素は非常に薄めです。だから『がっつりミステリー!』『炸裂するトリックに驚嘆!そして騙される爽快感!』と言ったものを期待して読まれると多分、少し肩透かしを食うかもしれません。

 

ただしその一方で、かな子と言う少女を通して感じる檜垣澤家の女たち。その強烈な存在感。あるいはそれに感化され、色んな意味で成長を遂げていくかな子の変貌。またかな子が経験する様々な出来事、そこから受け取ったあらゆるもの。更には大正と言う時代。その背景。その当時の、人々の物の考え方など。

そうしたものが実に濃厚で丁寧な筆致で描かれている作品であり、だからこそ圧倒されるようなパワーに満ちた一大巨編。女たちの、檜垣澤家の、かな子の。あるいはそれ以外にもたくさん登場する1人、1人の人生を描いた作品だと感じました。

そしてその中には娘婿の死以外にも、たくさんの謎が存在しています。描かれています。でもそれは、何と言うんでしょ。人の感情の機微であったり、あるいは目に見える、反対に目には見えないような利益、利権が関係しているようなものであったり。

要はわかりやすい謎、真実がひとつではない謎です。だから本作品が『傑作ミステリー』と紹介されているのは、個人的にはちょっと腑に落ちない感もあるのですが。

それでも謎が散りばめられていると言う点においては、やはり『ミステリー』であり『傑作ミステリー』なんだと思います。

 

ではでは。早速、感想です。

まずはやはり主人公であるかな子をはじめとする登場人物、特に檜垣澤家の女たち。その造形、そして描写が実に丁寧にされていたこと。それによって彼女たちの存在が立体的に感じられ、だからこそ、これだけの長編でありながらぐいぐい、物語にのめり込むことができたと言う点を挙げたいです。

檜垣澤家のトップに立ち、かな子の前に立ちはだかる圧倒的な存在であるスヱ。そのスヱの長女であり後継ぎである、野心と行動力に満ちた花。花の長女で、虚弱で社交力や商才に欠ける郁乃。花の次女で、自己主張の塊、恋愛に夢中な珠代。そして花の三女で、珠代への対抗心からかな子を気まぐれに可愛がる雪乃。

檜垣澤家の女たちだけ見てみても、この個性の強さ。そしてその彼女たちに、時に翻弄されながら、しかしじょじょに彼女たちを利用していく術も覚えていくかな子の強さ、個性は勿論のこと、その生き方、生き様の強さ。

 

大正と言う、まだまだ女性の地位が低かった時代に、その風潮に振り回される面はありつつも、『檜垣澤家』と言うブランドを武器に、実に逞しく生きていく女たちの姿。そして同時、妾の子であるが故に虐げられていたかな子が、知識と考えることを武器に生き抜いていく姿と言うのは、本当に頼もしく、かっこよく、また少し怖くすら思え、でも同時に眩しく、憧れのような感情すら抱くくらいでした。

特にかな子はね、ほんと。どんどん、どんどんどんどんどんどんと成長していくんです。酸いも甘いも嗅ぎ分け、飴と鞭を使い分け、子どもであることを武器に、大人たちの世界にぐいぐい足を踏み入れていく。そして自分が得られるものをどんどん増やしていこうとするんです。

 

物語の終盤。娘婿の死の真相。それが明らかにされるのですが。

そこに至ってなお、かな子はその犯人を利用しようとするんです。自分の味方、手駒にしようと試みるんです。

正直、この娘婿の死の真相については若干、唐突に謎が解かれた感が個人的にはあって。かつ割とその伏線みたいなものも登場していたので、それほど驚きはなかったんです。でもだからこそ、犯人を前にしての、このかな子の言動。そこには驚愕を禁じ得なかったし、良くも悪くもかな子の成長。それを突き付けられたような思いがして、少し切ないような思いもしたのでした。

 

妾の子で虐げられてきたからこそ。檜垣家に引き取られたと言う自分であるからこそ。あるいは女に生まれたからこそ。

得られるものは得たい。使われるままでは終わりたくない。力が欲しい。金も欲しい。人を使う側に立ちたい。自分の前に立ちはだかる巨大な壁のような、そんなスヱのような存在になりたい。

その苛烈なまでのかな子の思いは、でも多かれ少なかれ、大正と言う時代に生きていた女性。虐げられていた女性たちの胸にはあったような思いなんだろうなぁ。

そんなことを思うとまたこれ、ものすごく胸が切なくなるような。

でもやっぱりその切なさよりも、かな子を含めた女たちの逞しさ。力強さ。それらがどっしりとした光を放っているように感じられるところに、この物語の魅力はあるのだと思います。

 

かな子は、元々、母親の影響もあって、いわゆる『純粋な子ども』ではなかった。そうした下地があったからこそ、様々な思惑、利権が渦巻く大人たちの社会を生き抜いていけた。それだけの術を身に着けることができたと言う部分もあるのですが。

そんなかな子が、それでも年相応の人間性を見せる関係性。これが描かれていたのも、個人的にはとても良かったなぁ、と感じました。

それが、ひとつは暁子と言う少女との友情。そしてもうひとつが書生である西原と言う青年との関係です。

 

ひょんなことから出会い、女学校で再会。やがて固い友情で結ばれることになるかな子と暁子の関係。そこで2人が交わす会話、そこに滲み出ている2人の『出会えて良かった』『友達に。もしかしたらそんな言葉では足りないくらいの関係になれて良かった』と言う喜びは、読んでいて胸が熱くなるほどでした。

やっぱりお互いに家の中では感情を、自分の素直な感情を押し殺すことを求められていた部分があった。だからこそ、互いの前ではそうする必要を一切、感じなかった。感じなくても良かった。そうした穏やかな解放感のようなものがあったんだろうなぁ。

 

しかしその後、暁子は結婚。その後に待ち受けていた展開がまたいろんな意味で胸熱と言うか、良くも悪くも『大正』と言う時代を強烈に感じさせるもので。

胸が痛かったです。でもその後、物語の終盤。後に書きますが関東大震災の発生。それに伴い再会を果たした2人が交わした言葉。あるいはそこで2人が抱いたであろう感情には、胸が揺さぶられました。

ただの偶然でしかない。でもやっぱり、かな子の命を救ったそのひとつには、暁子の存在。それが間違いなくあったんだと、私は思うのです。

 

そしてもう1人、書生の西原です。笑うと翁のような顔になる、一見すると好青年に見える西原。しかし彼もまた、その内には様々なものを抱えており、その辺りは物語が進むにつれじょじょに明らかにされていくのですが。

この西原との関係。あるいはかな子の中の西原に対する感情の変化みたいなもの。それもまた、かな子の年相応の精神性みたいなものを感じさせるもので、私としてはとても胸が締め付けられたのでした。

これまた良くも悪くも大人たちの色恋。純粋な気持ちだけで成立しているそれではない色恋を目の当たりにし続けてきたかな子には、自分の中の西原に対する感情、その変化と言うのはいまいち理解できていない、掴み切れていないんだろうなぁ。

そんな思いもありつつ、でも、じゃあ、かな子が西原に感じるようになっていた感情が『恋』であったのかと問われると、そんな単純なものではないような気もします。

ただ純粋に、かな子が、純粋な感情を向けた、数少ない相手。それが西原だったんだろうなぁ、と。

切ない。

 

で、物語のラストには関東大震災が発生。それに見舞われたかな子たちの姿が描かれています。

ネタバレにはなってしまいますが、栄華を極めた檜垣澤家。その家に生まれ、家と共に育ち、その名を養分にして逞しく生きてきた女たちも震災によって命を落としてしまいます。

憎いとまではいかなくとも、ただ名家に生まれたと言う、それだけの理由で。それだけの違いで。自分が得られなかったもの、その全てを手にし、思うがままに人生を生きてきた女たちの死。

特に、事あるごとに自分の前に立ちはだかったきた。否、自分だけでなく多くの人の前に立ちはだかり、その人生を意のままに操ってきたスヱの死。

あるいは、自分が生きてきた檜垣澤家と言う家。それそのものの崩壊。消失。

それにかな子はひどく打ちのめされます。

 

ここは読んでいてめちゃくちゃ辛かった。かな子の長きにわたる物語。檜垣澤家の女たちの生き様。スヱの生き様、その恐ろしさ。その家で起きた、いろーんな出来事。そこに翻弄されてきた、様々な人たちの思い、人生。

それらをじっくりと読み進めてきたからこその喪失感。大震災と言う、どうあがいても太刀打ちできない災害によって、それらが一瞬で壊され失われてしまったと言う、途方もない喪失感、空しさ、悲しみ。

それがかな子と同じくらいに感じられて、ほんと、私も辛かったし呆然自失でした。

 

そしてこここでかな子が抱いた思い。スヱに対しての思いと言うのにも、またこれ、めちゃくちゃ胸を揺さぶられたのです。

かな子にとってスヱは巨大な壁だった。恐ろしく、厄介で、でもだからこそ、スヱを乗り越えたい、またスヱのような力のある人間になりたい。そう思わせる、その原動力、根源そのもののような存在だった。

そんなふうに思えたのが、そのスヱが亡くなったとわかってからと言うのが皮肉だし、でもめちゃくちゃリアリティがあるし。

そしてまた、そんなふうに思える、あのシーンですら思えたかな子の精神力に、私は改めて驚いたのでした。強いなぁ。

 

だからこそ、『その先』のかな子の人生。関東大震災によって多くのものを失い、しかしそれと同時、失われなかったもの。その尊さに改めて気づくことになったかな子が、その先をどんなふうに生きていったのか。

それを読みたかったなぁ。そんな思いもあるのですが。

ただ物語の終わり方は、そうしたかな子の『その先』、それを強く感じさせるような終わり方になっているのも良かったです。

決して希望いっぱいと言う終わり方ではない。当たり前ですが大震災からの復興と言うことを考えれば、かな子の前途は多難である、それは間違いないのですから。

それでもそこに淡い希望を感じたのは、やはりかな子のこれまでを知っているから。そしてまた、失ったものは多々あれど、彼女が決して1人ではないこと。それを感じられたからでしょう。

 

そんなこんなで本日は永嶋恵美さんの『檜垣澤家の炎上』の感想をお送りいたしました。

 

謎解きの妙を味わうと言うよりは、大正時代。横濱に栄えた檜垣澤家。そこで生きていた女たち。そして男たち。またその檜垣澤家と関係のあった人たち。そしてそうした大人たちに囲まれながら、精一杯に自分らしく生きること。自分の思い描いた人生を実現させようとしていたかな子。

その生き様を描いた物語をじっくりと堪能するような。そしてそこに思いを馳せるような。あるいは当時の風潮であったり、文化を楽しむような。

そんな作品だと感じました。

 

そうです。檜垣澤家は富豪。なので作中に登場する食事がめちゃくちゃ美味しそうなんですよ!それと女たちが着用する服。平時のそれは勿論なんですけど、外出する際などに着用する衣装。その豪華さの描写も印象深いです。

お金持ち、強い・・・!

 

ちなみに巻末、6ページにわたり紹介されている参考文献などの総数。数えてみたら、数え間違いがなければ69にのぼっていました。

いや、もう、ただただ頭が下がるような思いでいっぱいです。

 

ではでは。本日の記事はここまでです。

読んで下さりありがとうございました。