もう1ヶ月もしたら年末恒例、各種ミステリーランキングが発表されます。
毎年、それに合わせて・・・と言うわけでもないのでしょうが。いや、わかんない。それに合わせてかもしれませんが。
とにもかくにも夏頃に、一斉にミステリー系の新刊が発売される。そんなイメージがあります。
今年も夏頃に発売された注目作家さんの作品は多かったようです。
ただそれにも増して、今年のミステリーランキングでは、恐らくは集計の対象外になる10月の半ば。この時期に刊行された注目作家さんの作品がめちゃくちゃ多いのを、つい最近、知りました。
伊坂幸太郎さんの、個人的には『久し振りじゃないか!』と言う感すらするミステリー作品である『さよならジャバウォック』が読みたいです!
そんなこんなで本日、読書感想文をお送りする作品は、数々のミステリー作家さんを輩出してきた、権威あるミステリー文学賞である江戸川乱歩賞。2025年度、第71回の受賞作である野宮有さんの『殺し屋の営業術』でございます。
すごい。もう作品のウィキペディアのページができてる!
ここ数年、全くと言っていいほど、乱歩賞受賞作は読めていなかったのですが。
今作は、たまたまアマゾンがおススメしてきたこと。そしてぶっちぎりの高評価で乱歩賞を受賞したこと。そして刊行後の評価も頗る高く、売れに売れていること。
何より『殺し屋』と言うタイトルに『現実では絶対に、お近づきにすらなりたくない。でも創作物に出てくる殺し屋は大好きだ!』と言う私はわくわくしてしまい、本作を購入したのでした。
成程。読み終えると、このタイトルも、何と言うか意味深と言うか。
いろいろ想像が膨らむタイトルだなぁ、とか思ったりで、にやにやです。
ではでは。このウィキのページを見て頂ければ早いのですが(苦笑)
まずは本作の、簡単なあらすじを。
『殺し屋』とありますが、本作の主人公は凄腕営業マンの鳥井と言う男性。契約獲得のためならどんな努力も惜しまない彼は、しかし内側にどうしようもない虚無を抱えています。ある夜、アポイント先である顧客の自宅を訪れた鳥井は、2人組の殺し屋が顧客を殺害するのを目撃。自身も、その口封じのために殺害されそうになります。
殺し屋たちの会話から得た情報から、殺し屋たちもまた、危機的な立場に置かれていることを察した鳥井は、命を賭した営業トークを開始。辛くも、生き延びることに成功したのでしたが、その代償として、鳥井は『2週間で2億円を稼ぐ』を達成させなければならない事態に。かくして彼は、殺人請負会社に入社。営業マンとして殺し屋たちの営業を請け負うことになるのですが、と言うお話です。
ではでは。ここからは感想です。
まず、とにかく文章が読みやすかったです。いや、これね。『そんなもん当たり前だろうが!書いているのは作家さんだぞ!』と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが。
そうじゃないのよ。そうじゃないのよ。語り出すと長くなるから語らないけど、決してそうじゃないのよ。そしてこと、新人作家さんの作品ともなるとね。ほんとに割と、初々しさと紙一重の、妙な文章、文体、表現のクセとかが多いことも、決して少なくはないのです。
それもまた、その作家さんの魅力と言えばそうなのですが。それでも、あまりにもそれが強すぎると、私としては『面白いか面白くないか』と思う前に『この文章の読みにくさを何とかしてくれ』『この表現の強すぎる癖は勿体ないぞ!』と思ってしまう傾向もありまして。
でも本作は、それが全然、全く、微塵もなくて。本当に読みやすかった。読みやすくて、でも、緊張感とブラックユーモア、その雰囲気がしっかりと感じられる文体、表現が貫かれていて。
このまま、すぐに映像化されても何ら不思議でもない。そんな躍動感のある、頭の中で光景が、表情がしっかりと描ける文章でして。
『うまいなぁ。文章がうまい』と感心させられたのです。
で、調べてみたらそれもそのはず。著者の野宮さんは、既に、主にライトノベルの分野で活躍されている作家さんでいらっしゃるんですね。
成程。このうまさにも納得のひとことです。
そしてお話に関しても、とても面白かったです。乱歩賞からイメージされる(あくまで私個人の話ですが)ガチガチのミステリーと言うよりかは、エンタメに振り切ったお話と言う感じかな。なので『ミステリーは苦手なんだよなぁ』と言う方でも、安心して、楽しんで読んで頂ける作品だ。思います!
『2週間で2億』と言う、どうあがいても無理難題としか思えないようなノルマを、果たして殺し屋の営業マンとなった鳥井は実現させるのか。
鳥井の視点を通して、その辺りは語られていくので『そううまくいくのかなぁ~?』と言う疑問、不安はあれど『成程』と思わせるだけ説得力は、やはり鳥井の特殊なキャラクター故ではないでしょうか。
凄腕の営業マン。同僚からも気味悪がられている、彼の仕事に対する徹底した姿勢。けれど彼自身は、どれだけノルマを達成しても、稼いでも、なにひとつ満足できない。そんなどうしようもない虚無を抱え、日々をやり過ごすように生きている人物です。
ただ繰り返しにはなりますが、とにかく営業のスキルは凄い。常に研究を怠らず、また研鑽を重ねている。
なので作中では、彼の営業スキルが次々と披露されていきます。この辺り、営業とは無縁の仕事に就いている私ですら『普段の人間関係でも役に立ちそうだなぁ~』と思ったくらいですから。
営業のお仕事に従事されている方。また新入社員として営業職に就くことが決まっている学生さんとかは、この点からもこの作品、絶対的におススメです(笑)
ただ鳥井がどれだけ凄くても、あくまで彼は、自分の生殺与奪権を握っている殺し屋たちの駒に過ぎません。
また人間的にドライに、倫理観すれすれのところを歩んでいるように見えて、鳥井は殺し屋ではない。一方の殺し屋たちは、プロの殺し屋。その道でずっと飯を食って来た人間なわけですから、その辺りの違によって鳥井が酷い目を見ることもあったりして。
なかなかうまくいかないところもあるのですが、そんな出来事も含めて一連の中で、鳥井が少しずつ変化をしていく。そしてそれは、ある人物。
鳥井が雇われた殺し屋請負会社。それと敵対するようなエージェントと殺し屋のコンビなのですが、このコンビ、特にエージェントの方と出会ったことで、確固たるものになっていくんですね。
ある種、そのエージェントたちにとっては殺し屋たちよりも厄介な、不気味な、脅威的な存在になっていく。鳥井自身も、自身のその変化に戸惑いながらも、やがてはその悦びを受け入れ、どんどんと変化していく。
行きつく先は魔物のような存在でありながら、しかし、その変化を受け入れ、変わっていく鳥井の姿は、極めて人間味に溢れていて。
その辺りの描写も非常にスリリングで、読み応えたっぷりでした。
また『創作物に出てくる殺し屋大好き』な私としては、鳥井と契約を結ぶことになる殺し屋たち。あるいは鳥井たちの前に立ちはだかる殺し屋たちも、めちゃくちゃ魅力的だったのも感想として挙げておきたいです!
殺し屋が登場する小説と言うと、個人的には伊坂幸太郎さんの『グラスホッパー』『マリアビートル』などの『殺し屋シリーズ』の印象が強いのですが。
本作に登場する殺し屋は、あのシリーズに登場する殺し屋たちのような味わい深さもなければ、ある種、文学的深さを感じさせるような魅力も皆無です(笑)
ただただ金のために殺す。上から命令されたから殺す。そして殺さなければ、しくじれば、自分たちが殺されるから殺す。そう言う、何と言うか、実に現実的な事情によって殺しを生業にしている人物ばかりです。そこには当然、情も何もない。
ただそうは言っても、営業や会社運営に対する知識や技術は壊滅的であるものの、殺し屋としての腕は相応のものがあって。
と言うわけで、個人的には作中。鳥井のお目付け役的立場で、彼と行動を共にすることが多い耳津と言う青年。彼が、ものすごく好きでした。
180センチを超える長身でありながら、異様なほどに痩せている。でもめちゃくちゃ食べる。そして当然ながら、人の命を奪うことに何のためらいもない。骨の髄まで、金のために、保身のために、人の命を奪うことに染まり切っている。
そんな彼の殺し屋としての生き様、そしてその歴史を物語るようなアクションシーンは、思わず『かっこいい!』と胸を高鳴らせてしまうほどでした。
物騒。すいません。
そして何より、先にも書いた鳥井たちの前に立ちはだかるエージェントと殺し屋のコンビ。このふたりのキャラクターが、まぁ、実に魅力的で。
エージェントの方は鴎木と言う美しく、全身から自信とプライドがダダ漏れの女性。そして殺し屋の方は百舌と言う、190センチの体躯を誇る男性なんですが。
この鴎木がね、もうね、ほーんとに、憎らしいの(笑)。その自信も、プライドも、美しさもただただ憎らしいばかりで、おまけに週に2日しか働かないと言う体たらくも、実に憎らしいの。憎らしいんだけど、でも、めちゃくちゃかっこいいと言うか。
強烈すぎる光を放っているが故、直視できない。直視するのが怖い。直視したが最後、目が潰れてしまいそう。でもだからこそ、心惹かれてやまない。そう言う魅力をひしひしと放っているエージェントで。
ドSの方は『この女を屈服させたい・・・っ!』って思うこと必至だし、ドMの方は『この方に服従したい・・・命令されてお仕置きされたい!』って思うこと必至の、それくらいに強烈なキャラクターなのです。
ってかどんな紹介。
と言うわけで物語の終盤は、どんどん殺し屋の道に染まっていく鳥井と、その鳥井の存在を本能的に恐れ、警戒する鴎木。
このふたりの手に汗握る頭脳戦が繰り広げられます。
ここの『騙し騙され、『それは知ってましたよ~』と来て、また騙され騙す』みたいな展開。次から次へと裏と表がひっくり返っていくような、先の読めない展開はめちゃくちゃ面白かったです。
『どうなるんだよおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』と、もうページをめくる指が止まらないのなんのって。
果たして鳥井はノルマを達成させることができたのか。
ある種、運命の相手と言っても過言ではない鴎木との勝負の行方は。
それは是非とも、本作を読んでご確認いただきたいのですが。
このラストシーンは、実に強烈でした。
ネタバレ覚悟で言うと、まさに『魔王誕生』と表現するにふさわしいような。
背筋が震えるような恐怖と、しかし圧倒的な愉悦。両極端なそれを一度に味わわされたような感じで、その光景がまざまざと頭の中で描けましたね。はい。
と言うことで本日は、刊行後、瞬く間に話題となった乱歩賞受賞作。
野宮有さんの『殺し屋の営業術』の感想をお送りいたしました。
ではでは。本日の記事はここまでです。
読んで下さりありがとうございました。