はい。てなことで本来であれば末尾に1が付く日にお送りしている読書感想文ですが、11日は公休だったので、少し遅れて本日、読書感想文をお送りいたします。
本日、感想文をお送りするのは染井為人さんの『悪い夏』です。
染井さんは本作品で横溝正史ミステリ大賞を受賞。2020年に刊行された『正体』は今年の春に亀梨和也さん主演で、WOWOWにてドラマ化されている、今、注目の作家さんのおひとりでございます。
私は染井さんのこと、失礼ながら全く知らなかったんです。横溝正史ミステリ大賞も『え?まだこの賞、やってたの!?』と失礼なことを思うレベルだったんですけど(汗)
ただですね。今回、文庫を購入して読んだのですが、この文庫の表紙がめちゃくちゃ目立つんですよ。二重カバーになっていて通常カバーの上に、読んだ人のコメントが書かれてあるカバーがかけられていて。
書店に行って『どの本を買おうかなぁ~』と迷うたびに、その表紙、カバーが目についていて、めちゃくちゃ気になっていた、そんな作品なのでありました。
で、今回、満を持して購入、読んでみましたと言う具合です。
『悪い夏』、なんとも印象的なタイトルですが・・・まずは簡単にあらすじを。
主人公の佐々木守は公務員。生活保護に関する業務に従事しており、その受給者のもとを回り、生活状態などを調査するケースワーカーです。受給者の中には不正受給が疑われるような者も少なくはなく、そうした者たちの態度に、守は日々、精神を削られているような状態です。
ある日、守は、同僚が受給者の女性に生活保護打ち切りをちらつかせ、その見返りに肉体関係を迫っていることを知ります。異様に正義感の強い同僚、宮田有子に強要される形で、真偽を確かめるために守はその女性の家を訪れるが・・・と言うお話です。
この後、物語は守が担当している生活保護の不正受給者である男。ある事情で地方へと追いやられてしまったが故、再び東京の地へ戻ることを渇望しているヤクザ。そして夫を亡くし、貧困にあえぎ精神が不安定になっているシングルマザーなどが登場。
守と、その同僚に脅され肉体関係を強いられている若き女性を中心に、それぞれの欲望、思惑が絡み合って加速度的に物語は進んでいきます。
なんでしょ。
あのー、いや、あくまで私が勝手に想像していただけのことなんですけど。
こー、お話のテイスト的に、何と言うか。いろんな立場の、だけど小市民である人間たちが阿鼻叫喚の狂乱、騒動を繰り広げた挙句、でも最終的には『なにもかも暑さのせいだったんだ』的な感じで終わると思ってたんですよ。
言葉にするのは難しいんですけれど。ハッピーエンドではないけれど、でも『なんもかんも失って裸一貫、やり直すしかないぜ、ハハハハハ』的な。開き直りでも、底なしの絶望でも、そんな感じの終わり方を迎えるもんだと勝手に思い込んでいたんですけど。
ど。
蓋を開けてみたら、いや、そんな生易しい作品ではありませんでした。はい。
正直、ラストにかけての展開、ある登場人物が自殺を選択してしまったと言う展開や、まさしく血みどろ、終盤の修羅場を経た挙句、迎えた結末、最後に描写されていた内容と言うのは、いや胸が非常に重苦しい感情にとらわれると言いますか。
言葉にするなら『お、おっふ』と言うような(どんな)感じで、個人的にはそこに非常に驚かされました。
いや、まぁ、何度も言うように私の勝手な思い込みがあってのことなんですけど。
ただだからこそ、この作家さん、染井さんの作家としての魅力や描きたいこと、その明確さがとても強く伝わってきて『ほっほー。これはなかなか面白い作家さんなんじゃなかろうか』と偉そうに(すいません)思った次第です。
私の勝手なイメージ通り、小市民が、それこそ夏の暑さに狂わされたかのようにして狂乱、騒動を繰り広げた挙句、何か祭りの後の寂しさを感じさせるようなラストを迎える。そんな作品にしようと思えば、いくらでもできたと思うのです。
事実、本作品、途中まではそう言うテイスト、こー、虚しさを伴ったコミカルさとか、共感しかない、故にもはやひきつった苦笑を浮かべるしかない暗澹たる感情とかが割と色濃かったように感じます。
ところがそこから、見事に小市民の狂乱を描きながら、さながらノワール小説の切れ味、鋭さ、暗黒さを彷彿とさせるようなラストへと突っ走ったのは、いやお見事だと私は感じました。
この作家さんはアレだ。物語をちゃんと構成して、明確な主題を胸に、それを描き切ることができる作家さんだ。いや、本当にもう偉そうな言い方で申し訳ないのですが(汗)
なので染井さんの他の作品もぜひ読んでみたいなぁ、と思っております。うむ。
で。
ラストが、良い意味で予想を裏切られたと言うのもあって印象的なのですが。
それ以外にもそれぞれの登場人物の思惑、それは果たして、悪いのか否かと思わされる部分がたくさんあったのも、この作品を読んでいて印象的だったところです。
何と言うか、法的に『悪い』と決められていることをやっている人間も出てくるんです。そしてその行いも描かれている。
なんですけど、それをやっている人間にも様々な事情があって、様々な思惑がある。でもそうした人間が最終的にとんでもない目に遭うのは、まぁ、自業自得と言えないこともないじゃないですか。
ところがどっこい。
生活保護と言うひとつの制度、ひとつの生活保障制度、健康で文化的な最低限度の生活を保障するための制度。
それが軸にあるにも関わらず、小さなことで道を踏み外してしまい、あれよあれよと言う間に転げ落ちていくような人間も登場するんですね。
そこがもう読んでいてめちゃくちゃやるせなかったし、『本当に悪いことって何なんだろうなぁ・・・』とちょっと呆然と考えさせられるところもありました。
そう言う部分の何が皮肉って、先にも書きましたけれど、生活保護が中心にあるってところが皮肉以外の何物でもないんですよ。
本来であれば生活保護は、最低限ではあれど困窮にある人を救い、支え、その生活の立て直しを目的とした、こー、ポジティブな制度であるはずなのに。
その制度を中心としてすべての悪事、すべての狂乱が起こり、繰り広げられ、小市民が道を踏み外していくと言うのが、もう本当に皮肉だし、やるせない。
特に主人公の守と、夫に先立たれ息子と共に日々、懸命に生きているシングルマザーの物語が・・・もうほんと、苦しすぎるわ・・・。
そしてその生活保護の在り方や不正受給云々に関して、地方ヤクザに追いやられている男が口にする言葉が、ほーんと頷くしかないような言葉だったんですよねぇ・・・。
物語としてエンタメ性にあふれたそれを展開させながら、その中できっちり、鋭く、社会的なメッセージのようなものを織り込む構成もお見事だな、と私は感じました。
ねー・・・生活保護、それにまつわる諸事情を描いた作品は数多くあり、そのいくつかを私も読んできましたが。
本当に必要な人にその制度を利用してもらうためにはどうすればいいのか。
本当に必要な人かどうかを見極めるためには何が必要なのか。
申請しても、相談をしてもほぼ断られると言う現状はこのままでよいのか。
そんなことを考えてしまいますなぁ。
はい。
物語は各登場人物の視点で、それらが入れ替わる形で進んでいきます。
で、ある登場人物の視点で語られる物語でちょろっと登場していた人物が、実は別の登場人物であった。そこで何かしらの出来事が起きる。そしてその登場人物の視点で物語が描かれる時には、同じ出来事でもまったく違う印象を受けるような描写になっていると言うのも、実に面白い。
またそのことで、登場人物それぞれが置かれている状況や、その登場人物の心理状態がより強く伝わってくるようになっているのも成程、うまいなぁ、と思います。
近年の夏、その酷暑を思わせるような夏が、この物語でも描かれています。
逃げたくとも逃げようのない、じっとりと体にまとわりついてくる暑さ。
呼吸をしても息苦しさを感じさせるような暑さ。
体力を、精神力をじわりじわりと削っていくその暑さは、この物語に登場する人間たちが置かれている環境そのもののように感じます。
どうしようもない日常に、どうしようもない閉塞感、どうしようもない絶望を抱いている人間たちの、狂ったような、だけど本当に狂ってしまえたのであればどれほど良かったことだろうかと。
そんな切ない思いに駆られるような、だけどエンタメ性に満ち満ちた物語でした。
ぜひぜひ、未読の方は読まれてみて下さいね。
本作品も映像化に向いていそう。
そして私は、先ほども書きましたが染井さんの他の作品も読んでみようと思います!
まずはドラマ化された『正体』を読んでみようかな。はい。
ではでは。本日の記事はここまでです。
読んでくださりありがとうございました!