tsuzuketainekosanの日記

アニメや声優さん、ゲーム、漫画、小説、お仕事とのことなどなど。好きなことを、好き勝手に、好きなように書いていくだけのブログです!ブログ名の『ねこさん』は愛猫の名前だよ!かわいいよ、ねこさん!

休みなんですが1の付く日なので~読感を放出します

31日です。本日で3月も終了です。

毎月、毎月、言っているような気がするけれど、ほんと、早いなぁ・・・。

明日からもう4月だってさ!

 

と言うわけで本日はお休みですが、1が付く日なので読書感想文を放出しておきます。

あと今日は散髪に行ってきます(どうでも良い情報)

 

本日から2017年の読感に突入します。なんだかんだでそこまで来たか・・・。

 

と言うか、ちゃんと記録しているのは2019年くらいなので、そこまできたらどうしたもんですかね・・・どうしたもんですかね・・・。

 

はい。てなわけで早速、2017年の読書感想文放出開始です!

 

・逸木裕『虹を待つ彼女』・・・本気になったからと言って報われるとは限らない。ただ本気にならなければ見えない光景や思いがあり、たとえ本気が報われなかったとしても、その光景や思いが消え失せることはない。それはともすれば、苦々しさや悲しみ、辛さや苦しさを伴って思い出したくないものになるかもしれないけれど、けれど、本気にならなければ見ることが叶わない光景や景色を見た工藤を、あるいは晴や雨、そして目黒さんたちを、私はとても羨ましく思うよ。そして大げさではなく本当に、本当に人間として一皮むけた工藤を、愛おしく思うよ。作中では、本当に鼻持ちならない奴として、嫌な奴として描かれていた彼が、よもや物語の最後にはこんなにも無様で、弱々しく、情けない姿をさらけ出すとは思いもしていなかった。でもこの姿こそ、物語を通して成長してきた工藤の姿なのだと思うと、成長の証なのだと思うと本当にたまらない。はい。そんなこんな。いやぁ、面白かった。横溝受賞作か、と一瞬、嫌な思いがよぎったけれど、いやいや、いい意味で予想を裏切ってくれました。何と言っても、ただの謎解きで終わっていないところが良い。謎があり、それを解いていくことで、確実に誰かの何かが変わっていく。その流れがしっかりと描かれていて、工藤と言うひとりの人間の成長に結び付けられていくストーリーは、本当に痛々しくも爽やかで、とても好感が持てました。いや、勿論、謎解きの妙を楽しむ、その結果、一人の人間の人生が闇落ちする、みたいな展開も大好きなんだけど(笑)。はい。青春ミステリじゃないですかね、今作は。何なら恋愛ミステリと言ってもいいかもしれない。うん。それから登場人物たちの個性が際立っていたのも良かった。工藤然り、こういう天才型の人間のステレオタイプのような、けれど、自分なりの方法で一生懸命、雨との関係を考えた晴も本当に、天才として、そして一人のただの女の子としての魅力が溢れていたし。あと、目黒さんが最高にかっこよかった。工藤同様、本気で勝負に挑みたいと言う姿勢には感銘を受けました。そして何より、謎そのものが個人的には最高に胸を打たれた。成程、タイトルに既に大きなヒントが隠されていたわけだ。多様性の証である虹。LGBTのシンボルでもある虹。必死で自分の思いを確認しようと、人知れずあがいていた晴が見た虹は、どんなものだっただろう。あるいは、バーチャルな晴と共に雨は、どんな虹を見たのだろう。はい。この辺りが新人離れした筆力で描かれていて、いや、あっと言う間に読み終えることができました。巧いね。選考委員の道尾先生の言葉を借りると、本当にエンタメ小説の書き方を知っている作者さんだと感じました。はい。あとは、人工知能とか、新しい技術と人間の関わり方、そこで発生する諸問題についても描かれいて、色々と考えさせられました。どんな技術であれ、本当に使う人間次第。だからこそ、人間にはもう少し賢くなって欲しいなぁ、技術に振り回されないでほしいなぁ、とは思うのですがね、ほんと。人工知能は、個人的には怖いなぁと言う気がする。ね、人間がもう少し、賢く、自制心があればいいんだけど。はい。そんなこんな一冊でした。

 

静月遠火『真夏の日の夢』・・・……どう評価すればいいんだろ。なんか、ライトノベルに該当するのかな、こう言うのは。終始、人を食ったような文体と言うか会話劇が、どうにも受け付けられず、一応、騙された!と言う気はしたけれど、どうなんだろう。こじつけじゃね?と言う気がしないでもない。そもそも、作者自身、部屋の間取りが好きと言って、なおかつそれがミステリ部分に関わっているなら、間取り図をつけても良かったんじゃないだろうか。あと、ネタバレサイト読むと、どうやら主人公君の異常性が驚きとのことらしいんだけど、うーん、うーん、うーん。何だろ、あと、何か隠された謎みたいなのがあるの?それに気が付けている人と気が付けていない人とがいる様子?よくわからなくてもやもやするからこれ以上、突っ込まないけど。でも、あれ、ミステリとして、私のような流し読みする、かつおバカな人間はともかくとして、丁寧に読んでいる人ですら見抜けない謎と言うのは、どうなんでしょうね。これはこれで不親切なんじゃないですかね、ね。はい。と言うことで、私には合わなかった(どーん)。

 

月村了衛『黒涙』・・・沈×沢渡なのか、逆なのか、誰か教えて…。私には決めかねる…どっちでも美味しい気がする…。…沢渡×沈かなぁ。うーん、迷う。はい。そんなこんなで。あーあ、とうとう沢渡、一人になっちゃったよ、と言うラストでした。本人もそのことわかっているだろうし、その孤独が多少なりとも堪えているんだろうけど、いかんせん、そう言うことと向き合うのを避けるような人間だからこそ、一層、この結末は辛いなぁ、という気も。波多野だけでなく、ラウタンと言う男も失った。前作は波多野を喪ったことが、逆にふたりの関係を強固なものにしたけれど、今作はその逆、ラウタンと言う男を喪ってしまったことが、ふたりの関係を決定的に壊してしまった。沈にしてみれば、自分が紹介したと言う手前もあって、本当に堪えたんだろうなぁ。沢村を信用していたって言うのもあるだろうし。ラウタンが喪われてしまった、そのことを、沢村が手柄をとりたい一心で、と沈は責めたけれど、決してそればかりではないことも、彼はきっとわかっているんだろうな。けれど、そこしか責めどころがないから、こんな結末を選んだ。罠だとわかっていながら、シンシアに惹かれていったラウタン。そしてまた自分の役割をわかっていながら、ラウタンに心奪われていったシンシア。そのふたりの本当の気持ちが、沈にも沢渡にも知られないまま、と言うのがなお辛い。知ったからどうだって話なんですけどね。はい。冷酷さと、非常さと、自らが信用する者に対する忠義心と。両極端なそれが心の中でぐるぐると渦巻いていて、そうか、沈は実は、沢渡以上に繊細なのかもしれないと思い直した今作。と言うことは、やっぱり沢渡×沈か。はい。沢渡もなぁ。かっこいいんだけどなぁ。なんか、飄々として食えないところとか、でも悪に対して制裁を加える、黒の中の黒に染まりつつあるところとかは、かっこいいんだけどなぁ。そのかっこよさが、かっこよさとして伝わらないのが不思議。沈に捨てられたことで、その孤独さが身に染みて、少し改心しろ(笑)。と言うことで、今作もぐいぐい物語に引き込まれ、あっと言う間に読み終えてしまいました。さぁ、次作はどうなるのか。沈と沢渡の道が再び交わる日はやって来るのか。と言うか、そもそも次作が読めるのはいつになるのか!機龍警察シリーズだっていつになるのかわからないのに!月村先生、働き過ぎなのに!

 

柚月裕子『慈雨』・・・古本にて購入。はい。曲がりなりにも35年人生を重ねることができてきた中、最近、気がついたことがある。ひとつは、時間には限りがあると言うこと。そしてもうひとつは、人生の中でなすことができることなど限られていると言うこと。そのことを思いつつ、その人生の中で大きな位置を占めている仕事は、時にはその人の人生そのものと言っても過言ではないのだと思う。本作の主人公が勤め上げてきた警官、刑事と言う仕事は、まさしく正義を貫くことが義務付けられている、けれどその存在そのものが理不尽極まりないものなんだと思う。清濁併せのむなんて言葉では表現しきれないほど、人にとっては、それは過酷な、身を炙られるような苦悩すら強いるものなんだろう。その中で上手に生きていける人もいるだろうし、あるいは本作の登場人物たちのように身を炙られながらも、必死にあがき、もがき、職務を全うしようとする人たちもいるのだと思う。そうして終えた職務の、しかし殺してきた心残りが再び頭をもたげてきた時、それにどう対峙するのかと言うのも、またその人の生き様が出てくるのだと感じた。人生でできることなど限られており、そして刑事と言う人生を生きてきた主人公、あるいはその周囲の刑事たちの生き様が、まっすぐ、まっすぐな生き様が、とてもかっこよかった。胸を打たれた。それは彼らが、刑事でありながら、人としての正しさを失っていないからだ。自分たちの何かが失われるのを覚悟しながら、それでも自らが見て見ぬふりをしてきた理不尽に再び立ち向かおうと、直面しようとしたからだ。限られた人生の中で、失われる恐怖などに直面しながら、それでも正しいことを、人間として正しいことを貫き通そうとした、その姿勢が本当に胸を揺さぶった。刑事が私情を挟む、その方向性を誤ってはならない、みたいな台詞があったけれど、本当、この言葉は世の中、全ての刑事たちに対して声を大にして伝えたいと思った。何よりも、何よりも理不尽に犯罪に巻き込まれてしまった被害者に対して私情を向ければ、今まで散々繰り返されてきた、警察の対応の遅さによる犯罪は発生しなかったんじゃないだろうかと、本気で思う。はい。本当な。何か、色々と考えさせられたな。生きると言うことは本当に大変で、理不尽も多く、何だろ、島根?だったかの女子大生の死体遺棄事件の顛末とかもあったから、本と、もう、何か、生きると言うことは何なんだろうな、とすら考えさせられた。ただ、それでも、その理不尽を生み出すのが人と人であるのならば、その理不尽によって生み出された傷を、少しでも癒すことができるのもまた、人と人のふれあいなんだろうな、と感じさせられた。勿論、そうじゃない、それすらも運と言う面もあって、この物語に出てくる人たちは皆、いい人ばっかりだったからこう思うんだろうけれど。それでも、この世界にいる人すべてが、自分と同じ、生きていると言う宿命を背負わされている以上、やはりその理不尽さの過酷さを僅かでも感じることができるのも、また人でしかないのかもしれないと思ったり。はい。さらりと書かれているけれど、本当に辛い話で、あぁー、と考えさせられる場面も多かったけれど、それでも、その人のあたたかさのようなもの、人と人とが紡ぎ出す、この世界の理不尽さに対抗し得る細い、細い、だけどそれこそ慈雨のように、あたたかな糸のようなものが描かれていて、それがすごく救いだった。うん。願わくば、信じきれないような理不尽に、その身が引きちぎられんばかりに苦しんで、打ちのめされて、生きることに絶望しているであろう人たちにも、やわらかな、やわらかなあたたかな慈雨が降りますように、と。と言うことで、いやぁ、前作とはまた打って変わって、でもクオリティは相変わらず高い作品でした。柚木先生のこの高打率は、驚くばかりだ。

 

森絵都『DIVE』・・・アニメ化と言うことで、全巻、ぽっかりできた休日に図書館にて読んでみました。知季のCVは既に発表済みなのですが、他のキャストはまだと言うことで。あの人が良いなぁ、とか、あの人が合いそうだなぁ、とか思いつつ読みふけっておりました。夏陽子さんとかも、気になるなぁ。はい。個性も得意なことも、苦手なことも、魅力もまったく異なる3人が1巻ずつ主役になっていて描かれていくので、どのキャラクターも愛着を持つことができました。それぞれの魅力が、本当に丁寧に描かれていたと言うか。反目し合っていた彼らが、高飛び込みと言う競技を通してライバル関係、そして友人関係になっていくと言うのもお約束だけど胸が熱くなりました。あと3人は勿論だけど、レイジやさっちんと言ったいろんな思いを胸に秘めながら、それでも3人と共にあり続けた、いわば脇役の2人が最後の最後でしっかりと描かれていたのも嬉しかったです。何だろうな。多くのスポーツものに共通している題材だけど、一流と二流の差、そこに賭けることができるものの大きさや重さ、気持ちだけではどうにもならない、できやしない、与えられた才能や資質と言うのは、そこに、それでも挑もうとする少年、少女たちの姿と言うのは、本と、途方もなく切ない。だけど闇も光も超越して、一途で、惹きつけられて止まない。それは彼ら、彼女らが、若いからなんだと思う。若く、未熟なんだからと思う。若いと言うことは、どうであれ、時間が残されていると言うことであり、いくらでもその時間に自分の可能性を賭けることができるから。たとえそれがものにならなくても、一流にも、はたまた二流にもならなかったとしても、たとえ将来、振り返った時にそのことが重く、苦々しくのしかかってきたとしても、賭け続けた者にしか見ることができない何かを目にしたことに変りはない。そのことが、かつて同じように立場にありながら、何一つ賭けてこなかった私にはどうしようもなく羨ましくて、だからひきつけられるのだと思う。青春って、こう言うことを言うんだろうな。いいなぁ、ほんと。何にせよ続ける、気持ちを持って続けるって、本当に大切なことだと思う。そのことを3人は勿論だけど、脇役であるレイジから学んだ気がしますよ。はい。好きって気持ちは本当に大切。そして自分にプライドを持つことも大切。そんな少年たちにひきつけられて止まない大人たちの姿にも好感が持てました。何だろ、この年代の子供たちにとって、良き指導者に出会うって言うのは、本当に大切なことだと思う。はい。いやー、そんなこんなで、これはアニメ化、楽しみですな。暑い夏に、熱く、ひたむきに、無邪気に、がんじがらめにされながら、もがくように、揺蕩うように、それでも高飛び込みと言う競技に魅せられ、のめりこむ彼らと大人たちの姿が、そしてそれをのみこむような、受け止めるような澄んだ水の青さが目に浮かぶようです。…飛沫が思いのほか、アニメのキャラデザではイケメンで、びっくりしたよ(笑)。

 

櫛木理宇『赤と白』・・・溜めない(どーん(反省)。はい。先にこちら。いやぁ、ひりひりするような展開から一転、ラストは途方もない解放感と痛み、そして僅かばかりの希望が見えた作品でした。何だろう、もはや10代少女の世界と言うのは、本当、35歳の私にとっては想像すらできない。私だって過ごしてきたはずじゃんって?いやいや。私はそう言うのを避けて過ごしてきたから。その末の、こんなありさまだから(笑)。何だろ、彼女たちが生きることを余儀なくされている世界って、もう、完璧にひとつの『社会』なんだと思った。『社会人』とか、『社会に出る』って意味で使用されている『社会』と同じ意味での『社会』。だから、そう、きっとこの『社会』を、正しく、歪に、強制されながら、あるいは自由気ままに生きてきた人は、立派な『社会人』になれるのだろうな、と我が身を振り返って思いました。大人たちは彼女たちの『社会』を、幼稚なものだと嗤う。だけど全然そんなことはなくて、未熟であったとしても、彼女たちの『社会』と言うのは完璧で、曖昧で、歪で、だからこそ、大人たちの『社会』と同じように厳しいのだと、私には思えるのです。はい。あと、もうひとつ。『自立』についても考えさせられました。母親に縛りつけられている弥子と小柚子は、その状況を迷わない、あるいは自分を納得させるための言い訳で、どうにか受け入れ、やり過ごしていた。けれど停電を機に、まるで暗くなった町とは正反対に、自分の正直な心が、本音が暴かれ、明らかにされ、照らし出され、突き動かされるようにして行動を起こした。だとしたら『自立』とは、状況を良しとせず、受け入れず、自分の強い感情に従って起こす行動のこと、立ちあがることなんじゃないだろうか、と思った。だとすれば、なんだかんだと言いつつ、結局、強く、強く、強く思うところがない私は、そりゃ、いつまで経っても自立できるはずがないよ、とこれまた我が身を振り返って思った。ほんと。私のこの、煽られても、駆られても、どうにもならない体質は、何なんだろう(ちーん)。物語はラストに向かって、まさしく地獄のような展開が続いていって、それでも、その疾走感や炎の熱さ、そこに照らし出される各登場人物の姿が心地よく、それは弥子や小柚子にとっては、それが自分のための手段であり、行動であり、解放のための道であったためであり、彼女たちが自立を果たしたからなんだろうな。そして代わりに、何かを虐げることで、何かに抑圧を強いることで自立をしたと勘違いしていた、あるいは自立なんて頭にもなかった人間たちが、彼女たちの世界から消滅したからなんだろう。ラスト、弥子と会話をする京香に、それまでの恐ろしく、神秘的な印象はなく、ごくごく普通の少女のような印象を抱いたのは、弥子が京香と同じように自立を果たし、京香と同じ土俵に立ったからなんだろうな。少女たちが生きる世界はどこまでも過酷で、それは自立を果たしたからと言って、大人になったからと言って変わるものではない。だけど、傷ついて、傷つけて、自立した彼女たちに、どうか幸あれ、とおばさんは思うのでした。

 

米澤穂信『いまさら翼と言われても』・・・絶対にもう3冊も溜めたりしない(反省)。はい。と言うことで、この1冊分だけでもいいから、アニメ化してくれないかなぁ。実写化なんて、どうして誰も望んでいないことをするのか。アニメ化しろ。京アニの丁寧な作りを、これ以上ないと言うほどベストなキャスティングな声優さんたちの演技で作られるアニメで、この物語を見たいのだ!はい。そう。ふたりの距離の概算もあるから、今作含めたら、ぎりぎり10話、1クールくらいは行けるんだよ!やろうよ、京アニ!はい。そんなこんなで、読了後の、この、何とも言えない切ない、きゅっとするような気持ちがたまらなく、さすが米澤先生だな、と思う限りです。はい。①『箱の中の欠落』…『時間は進むと言うことぐらいわかっていたはずなのに、「いや、そのことの意味を、お前は本当にわかっていないんじゃないのか」と言われたような』。奉太郎と福ちゃんの会話が楽しい、ちょっとしたロードムービーを思わせるような展開と、米澤先生らしい謎解きの妙が冴える一作。ほんと、奉太郎も思っている通り、何げない日常の一コマなのに、強く、強く印象に残っている一コマって言うの、あるよね、としみじみなるような作品。そしてその中、奉太郎によって語られるこの思いが、全作、読み終えた今、ぐっ、と胸に響きます。②『鏡には映らない』…雑誌でも読んでいた作品。摩耶花が福ちゃんを叱るシーンがめちゃかわいい。あぁ、茅野さんボイスでこのシーンを聞きたい。奉太郎の不器用さがより際立つ作品。こんなん惚れるに決まってるやろ!③『連峰は晴れているか』…これはアニメ化された作品か。…もう、何年前の話よ(遠い目)。何だろ、摩耶花にしても、奉太郎にしても、このまっすぐさが本当に愛おしい。まっすぐと言うか、何かそれは、えるちゃんの言葉を借りると、「うまく言えません」って感情なんだけど。ちゃんとその人のことを、正しく理解しておきたい。知っておきたい。そうしておかないと、相手に対してとても失礼だからって言う姿勢が感じられて。多分、もう2度と会うことはないだろう小木先生に対しても、そうした姿勢があるが故に真相を明らかにしようとした、その姿勢が、思いがたまらなくいじらしくて、愛おしい。たまらんなー。私は、どこにこういう思いを落としてきたんだろうなー(遠い目)。④『わたしたちの伝説の一冊』…表題作とある意味、対になり、対極に位置する作品だと思います。『才能に仕える、先輩、でもそれは、苦しいことです』『本当はもっと描かなきゃいけなかった』『あたしには才能がある。ちっぽけでゴミみたいな才能だけど、でも、あたしはそれに仕えなきゃいけなかったんだ』―仕え、賭けた先に何があるのかはわからない。もしかしたら、そもそも、何もないのかもしれない。仕えることが、賭けることが正しいのかどうかもわからない。もしかしたらその才能は『ゴミみたい』、みたいじゃなくて、本当のゴミなのかもしれない。だけどそれを才能だと信じるのであれば、そして何より描きたいと思うのであれば、描くことで賭けるしかないのだと言う強い思いが、途方もなく胸を打ちます。そしてきっぱりと、何の、何の迷いもなく、一切の未練もなく漫研を断ち切った摩耶花の思い、姿勢が目に浮かぶようなラスト一行が鮮烈な作品。…まぁ、迷う余地もないと言うか、迷う価値もないような状況なんだけどね。でも、自分の身に置き換えてみると、どうして摩耶花のようにできないんだろうとも思うよ。そして、だからこそ、表題作との対が鮮やかで、表題作の切なさが一層、強く感じられるんだよなー。何だろ。この年齢で、自分の価値に気がつき、たとえゴミのようだと自覚しながらも、才能に気がつくことができるかどうかって、本と、その後の生き方が大きく変わってくることだと思う。⑤『長い休日』…やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければならないことなら、手短に。そう思うに至った奉太郎の気持ちと、『子供が拗ねているうちに引っ込みがつかなくなっただけだ』と言う奉太郎の、今の奉太郎の気持ちに胸がつかえるような、痛むような思いがした作品でした。自分がやらなきゃいけないことならやる、そう決めた奉太郎の姿を、そしてお姉さんの言葉(これも雪野さんボイスで聞きたいなぁ~)『きっと誰かが、あんたの休日を終わらせるはずだから』と言うふたつが、表題作につなげていくとたまらない思いに駆られます。誰かに利用されると言うことは、決して悪いことではない。でも、自分のプライドを貶めることであるのは確かなことで、過度に自分のプライドを貶めることは、自分で自分の価値を下げることにもなる。そしてそれは、必要以上に卑屈になることにもつながる。そうならないため、時には大きな誤解を受けながらでも、それでも、自分のプライド、価値を守ってきた、守らざるを得なかった奉太郎を、私は素直に尊敬するよ。⑥『いまさら翼といわれても』…彼ら、彼女らと言うのは、多分、幾ばくかの制約があるとしても、進むことができる道の数と言うのは、私なんかよりもずっと多いのだろう。その多さを逆手に取り、全てを極めんとしている福ちゃん。その中からたった一本の道を選び、他の道を捨てた摩耶花。奉太郎は、まだわからない。だけどきっと、自分がやらなければならないことをする道を、手短に選択するのだろう。ただひとり、えるちゃんだけが彼ら、彼女らとは違っていた。幼いころから、ぼんやりとでも、選ぶことができる、進むことができる道はひとつだと言うことを教えられ、彼女自身もそれを感じ、そしてそれは年を重ねるごとに、賢さを増すごとに、選ぶべき道、進むべき道、選ばざるを得ない道、進まざるを得ない道に変わっていったのだろう。それに合わせるようにして彼女自身も、少しずつ、少しずつ変化を重ねていったのだろう。それはずっと続いていくものだと、信じ切っていたところに―突然、だけど、いまさら、翼を与えられたとしたら?戸惑い、怒り、空虚な思い、言葉にできないそれ以外の様々な感情はいかばかりだろうか。悲しみ、不安もあるかもしれない。それに直面した彼女の『困る』と言う言葉が、それらの感情を凝縮、集約しているようで。そしてまた、そのあと、えるちゃんが背負ってきたもの、いま背負わなくてもいいと言われたものを思い、何かを殴り、自分の手を怪我して血を流したいような気になったと言う奉太郎の思いも、たまらない。何だろ、すごく強い、強い思いを感じる。えるちゃんに対しての強い、強い思いと、だけど、そんな思いを感じている自分を恥じ、諌め、戒めようとしている思いを、強く、強く感じる。共感したいと思い、だけど、そんなことは簡単にできることではないとわかっていて、だからこそ、大切な選択肢をえるちゃん自身に委ね、それ以外は何もせず、それ以上は何も言わなかった奉太郎を、私はほんと、すごいなと思う。えるちゃんが隠れた場所を見つけることができるのは、奉太郎だけだろうね、と福ちゃんは言った。一方、先の作品でのお姉さんの言葉が思い出され、様々なことを経て、少しずつ距離感が縮まっているような、相手に対して正しく向かい合おうとしているふたりの関係が何なのかと思うと、本と切ないし、何か胸がきゅんきゅんする。とは言え、米澤先生だからね。シビアな展開が待ち受けてるかもしれないし、本と油断はできない(汗)。ここから先、更に取捨選択を迫られるであろう彼ら、彼女らが、何を選び、何を捨てるのか、そしてそのことがどんな変化をもたらし、どんな未来につながっているのか、読みたいような、少し、読みたくないような。でも、次の作品が読めるのは、いつになるんだろうなぁ…。

 

・長浦京『赤刃』・・・命が平等だと言うのは、実は生きていることにおいて適用される言葉ではなく、死ぬことにおいてのみ適用される言葉なんじゃないだろうか。生あるものは、必ず、死ぬ。そしてそれを選ぶことは、多くの場合は叶わない。目まぐるしく繰り広げられる生と死、その刹那、刹那に流れる夥しい量の赤い、赤い血。情けも、祈りも、一切通じず、悲嘆、絶望、あるいは歓喜の声を上げながら流れていく、その赤の熱の固まりのようなものがどんっ、どんっ、とぶつかってくるようで、そしてまた、その美しさに目を奪われ、まるで熱に浮かされたようにして読了した作品でした。いやぁ、面白かった。ラスト、伊豆守の言葉から祖父が残した言葉しか目に入らなくなったと言う逸次郎までの流れには、痺れた。かっこよすぎやろ。己が進むことができる道など一本しかないと、そのことに絶望する、たけどとうの昔にそのことを覚悟し、悟り、諦めすら覚えていたような逸次郎の表情が、まざまざと目に浮かぶようで。このシーンだけでも映像化して欲しいくらいだよ。①逸次郎。誰だ、主人公に魅力がないなんて言った奴は。お前の目は節穴かっ!たまらんね。優れ過ぎているが故、常軌を逸する寸前であると同時、だけど、そうはならないようにと、無意識のうちに足掻き、悶えている様がたまらない。またものすごく慈愛深い人だとも思うの。愛馬を弔うにしても、鎌平の死を看取った時や、松井が見つかるのを待ち続けていた彼の姿からそんなことを思い、だけど、だからこそ、空虚であり、常軌を逸するためには最も無くさなくてはならないものだけが、まるで何かのいたずらのようにして残されてしまっているようで、その危うさがもうたまらないと言うか。空虚の中に残されている、こうしたところも、だけどまた空虚なように思えて。混沌そのものと言うか。言葉で表現するのが難しく、でも、本当に魅力的な主人公だと思う。たまらん。ほんと、進むも地獄、引くも地獄でしかなくて、一体、どんなハードボイルドの主人公だよ、と突っ込みたくなるくらいだけど。もっと足掻け、もっと悶え、苦しめ(笑)。②そしてそれに対峙する赤迫一派の極悪非道ぷりと言ったら、徹頭徹尾、残虐非道、狂気の沙汰で、いっそ清々しいくらいだったよ(笑)。絶対、お近づきになりたくはないけど!(笑)。生と死がどうにもならない、人智を超越したところで左右されることであるのなら、その非情さに乗っかって、一時の夢でしかないような生に己が欲望、全てを叶えよう、そして祭りのように生きていこう、死んでいこう、命を燃やし尽くそうとする様が、もうたまりません。なんだろ。狂ってるんだろうけど。でも、あれね、ほんと。なんだろ、憧れちゃうわ。うん。逸次郎との対比が鮮やかで、だかこそ、もう、悲壮感すらまったく漂ってこず、ただただ、こいつら、本当に幸せだっただろうなぁ、と(笑)。あぁ、赤迫のラストは、本懐遂げられなかったけどね。うん。③そして圧倒的な暴力の美しさよ。これね。もう、冒頭、調子に乗っちゃった若武士たちが赤迫たちに斬られ、それを見ていたおんぼろも目を斬られ、その視界が闇に覆い尽くされていく、この流れでその美しさ、優雅さ、麗しさにうっとりで、これが全編通して描かれていたもんだから、もうたまりませんよ。樽木屋の言う通りなのよ。ほんと。美しいのよ。麗しいのよ。目を、心を奪われてしまうのよ。だからこそ、なおのこと、赤迫一味に男たちが魅入られていった理由が、嫌と言うほどに理解できたと言うか。圧倒的な暴力。その美しさ、優雅さ、麗しさ。たまらんな。絶対、体感はしたくないけど(笑)。物語全体も、暴力的で、勢いだけで突っ走っているようなところもあって、でも、それこそが本作の大きな魅力なんだと思う。暴力で、雑多で、とっ散らかっているからこそ、美しくてたまらないとでも言いますか。④そして全編通して描かれていた生と死、その合間、合間に挟まれる絶妙なユーモア。これはやっぱり、難病にかかり、曲がりなりにも死の淵に立たされることを余儀なくされた作者だからこその味わいなんだろうか。生きることがただ生きること、それ以上でも以下でもなく、そして死ぬことが、ただそれ以上でもそれ以下でもないように描かれていて、それでもその中で繰り広げられる様々な登場人物たちのドラマが、そこに様々な彩りを与えていると言う気がする。うん。色々、心にがつんっ!と来た言葉はあったのですが。中でも残っているのはがまぐちの言葉。生まれ変わりなどいらない。死んだらただ無だけを望むと言うその言葉が、もうまさに私の言いたいことでほんと。がまぐちとは仲良くなれそう!そのために慣れないのに徳を重ねようとしているがまぐちの姿が、またおかしいのよ(笑)。そんなこんなで、なんか語りたいことの10%も語ることができていないような気がするのですが。とにもかくにも、面白かった!そして心にがつっ、と何かが残った、そんな作品でした!作者さん、お体気を付けて!そして続編をお待ちしております!

 

・市川憂人『ジェリーフィッシュは凍らない』・・・『あんた、誰?』―この一点につきると思う。この点において、最後の最後まで何かしらの大ドンデン返しが待ち受けてるのではないかっ!と思ってたいのですが、そんなことはありませんでした。成程。赤の他人のために、と言う思うを抱く人がいて当然だと思うし、騙して欲しかった、驚きが欲しかったと言う点においては、そんな気がしない気もしない。ただ一方で、赤の他人だからこそここまでに至ったのではないかなと言う気もする。赤の他人であり、そこから少しずつ、少しずつ紡がれていった関係の糸が、無残にも断ち切られてしまったからこその、怒りや悲しみと言うものもあるんじゃないのかな、と。はい。そんなこんなで、『赤刃』とは異なり、ひんやりとしたような感触が伝わってくるようなミステリ。本格好きな人にとっては、まさしくその型にきちっ、と、みちっ、とはまったような作品だと思い、その美しさにうっとりするような気分を抱いているような読後です。ただごめん、私はどちらかと言えば、もっと派手に騙して欲しかったよ…あと、頭悪いから、なかなか状況等を理解するのに苦しんだよ…いや、でも、うん。成程、そう言うことだったのね、と納得はさせられた。色々、頭のいい人は齟齬や論理的に無理なところなんかを見つけるんだろうけど、頭が悪い私は、そんなこともできず、ただただ危うい綱渡りをしているかのようにして繰り広げられる真相に、見惚れるばかりでしたよ。あと、クローズドサークルものには定番の、真相を暴く側と真相の真っただ中にいる側との齟齬が明らかになった瞬間の、あの、やられた!と言うような、ぞわっ、と肌が粟立つような、にんまりとしたくなるような感覚はたまりませんでした。ジェリーフィッシュ、さながら空を浮遊する海月のごとく、ふわふわとさまよう乗り物の幻想的な美しさと、それとは裏腹に、ひとりの少女の命を奪い、その事実を隠ぺいし、あまつさえその技術を自分たちのために利用した人間たちの何とも言えない利己的、醜悪な部分との対比が際立っていたなぁ、と。だからこそ、ラスト、亡き彼女と共に空へと旅立った彼、彼女と彼が乗っていたジェリーフィッシュのその、澄んだ美しさと言うのが悲しいくらいに目に浮かんできます。あと、マリアと蓮のコンビ、良かった!ステレオタイプだと言われようが何だろうが、いいコンビだった。是非ともこのコンビは、作者さんの中でも末永く書いていただきたいなぁ、と。はい。そんなこんなで。クローズドサークルものの前に立ちはだかる『そして誰もいなくなった』と言う傑作。それに堂々と立ち向かい、美しい論理を展開させた作品はお見事の一言。何だろうね、こういうミステリはやっぱ、闇を切り裂く一刃、その冷たい切れ味のような感触を抱かせるなぁ。たまらん。

 

はい。と言うことで本日はここまででございます。

 

そして次の読書感想文は、私が当時、勤めていた書店をクビになった後、初の読書感想文でございます。

そのため読書感想文と言うより、もはや単なる怨念をぶちまけただけの文章になっています。個人的には、今、読み返してみたら笑えてしたかなかったですが(笑)、当時の私は、本当に精神的にはかなり追い詰められていたので、まぁ、それを笑い話にできるようになったのは、本当に良かったな、と思います。

 

ねー、ほんと(遠い目)

 

と言うわけで、本日の読書感想文で注目したいのは・・・長浦京さんの『赤刃』と市川憂人さんの『ジェリーフィッシュは凍らない』ですかね。

 

長浦さんは本作以降も、コンスタントに作品を発表されており、年末のミステリランキングにもランクインすると言う活躍をされています。

ただ個人的には・・・どうしてもこの方の作品って、ちょっと長いと言う感が否めないんですよねぇ・・・冗長な部分があって、読んでいる内に間延びしてしまう感が否めないと言うか。キャラクターも、そして物語の筋もめちゃめちゃ魅力的なのに、ほんと勿体ないなぁ、と思うのですが・・・ア、アマゾンのレビューでも同じこと、言ってる人がいて私は安心した(汗)

その点、デビュー作である『赤刃』は、もう、一切の無駄がない。削ぎ落された、それ故の孤独さすら感じさせるほどの暴力に生きる男たちの姿が描かれていて、本当に好きな作品です。

ただまぁ、あの、本当に残虐非道、凄惨な描写も多い作品なので、その点は事前にご了承くださいませ。はい。

 

あと市川さんの『ジェリーフィッシュは凍らない』から始まり3作品、刊行されているマリア&漣シリーズは、本格ミステリ、論理の展開、後の大どんでん返しが好きな方におすすめのシリーズです。

このシリーズ、そう言えば最近、刊行されていないなぁ・・・と寂しく思い、ふと、市川さんご自身のツィッターを見てみたら・・・おおっ!作者さんご自身も発売日はわからないとおっしゃられてはいるものの(笑)シリーズ初の短編集が夏ごろ、刊行予定とのことで、これは楽しみだな。

ちなみに既刊3作品の中だと・・・うーん、どれもほんと、それぞれな異なる味わいがあって本当に魅力的なんですが・・・私は3作品目『グラスバードは還らない』が好きです。

あとこのシリーズ。どの作品も、ラストが良いんだよなぁ。

 

はい。と言うわけで本日の感想文放出はここまででございます。

読んで下さった方、ありがとうございます!

次回は4月11日、またも公休日だよ!(白目)