tsuzuketainekosanの日記

アニメや声優さん、ゲーム、漫画、小説、お仕事とのことなどなど。好きなことを、好き勝手に、好きなように書いていくだけのブログです!ブログ名の『ねこさん』は愛猫の名前だよ!かわいいよ、ねこさん!

末尾に1が付く日は~読書感想文放出の日です

はい。読書の秋、でなくても読書はしていますよ。

ただ読書感想文の方は、最近、ちゃんと書けてないなぁ。

入院中に読んだ2冊に関しても、記録してないし・・・いかん、いかん。

そしてもうすぐ年末。

年末と言えば『このミステリがすごい』が毎年の楽しみ。

今年も楽しみでございます・・・ってか、まぁ、今年の新刊に関してはまったく読んでいないけど・・・。

 

ではでは。早速スタートでございます。

 

佐藤友哉デンデラ』・・・登場人物たちの、なんとまぁ、エネルギッシュなことよ。野蛮なまでの、生命エネルギー。私より、倍以上年のある彼女たちの方が、『村』から棄てられ、朽ちることを強制された彼女たちの方が、はるかにエネルギッシュなのは、なんて皮肉で、でも、朽ちることを強制された彼女たちだからこそだと思えば、それもまた納得できるような。多分、本当に、色々な読み方、見方ができる作品なんだと思う。高齢化社会、行き場を失いつつある高齢者、更には、漢字とは違って意味を持たないカタカナだらけの登場人物名は、もうそれだけで、高齢者=個性を奪われた、認められない存在、というふうに捉えているとも考えられるけど、そんなことを感じたのも最初だけ。ラスト付近は、もう、ただただ圧倒的な、流れに逆らう者、ただひたすらに人として生きようとする者だけが放ちうる生命力、力強さ、それだけしかなかった。それに、圧倒された。『村』では、ただ考えることもなく、ただ生きてきただけの主人公。『年を取ったなら死ぬのが当然だろう』と何も考えずしてそう考えていた主人公が、考えに考えて、初めて与えられた『自由』に恐れ戦きながらも、吐き出した結末の、なんと清々しいこと。化け物のようになりながら、化け物のように成り果てながら、それでも、人間であった。その一文が、この物語の全てなんだと思う。腕をちぎられても、血に塗れながらも、死なない限りは、人間として生きているのであって、だからこそ人間として生き、人間として生きたい。その結末に至った主人公や、或いは、物語の途中途中であっけなく死んでいったそのほか多くの老女たちも、きっと、そんな思いがあったんじゃないだろうか。凄惨で、過酷で、残酷な物語の中、それでも彼女たちは、自分たちの生きてきた時間の中で、いちばん生き生きとしていたんじゃないだろうか。そんなことすら思った。生きることだけがただ賛美され、ただ本当に生きているだけの老人と、生きることを奪われ、朽ちることを強制され、それに抗い、結果として戦い死んでいった物語の中の老女たちと、どちらが果たして、『生きている』と言えるんだろう。どちらが果たして、人間なんだろう。そんなことを思った。そしてまた、主人公の最後の戦うべき相手が、『考えること』で様々なことを得ていく主人公とは対照的な、ただシンプルに、自然界に生きる獣として、狩り、喰い、産み、育て、立ちはだかるだけの羆というのも、すごく印象的だった。読んでいて、それこそ背筋にぞっとしたものが走るくらいの迫力に満ちた羆、赤背は、だけど最後には、名を奪われたただの羆でしかなかった。最後まで、ほとんど意味のないような名を持ちながらも、しかし、最後までその名を持った人間として、目的を、生き切った果ての死に甲斐を果たそうとする人間として、確かに生きた大地を疾走する人間に、その羆が導かれるように走り、そして、復讐の道具として利用されるのかもしれない、たとえそれが老女の夢だったとしても、その結末が、痛快だった。人間は、人間として生まれてしまった以上は、どうあがいても、獣にはなれない。獣のふりをしても、獣の所業をしても、人間は人間であり、人間でしかない。それが考えることであり、陳腐な言い方をするとすれば心があるからだとして、しかし、だからこそ、人間には人間らしい『何か』が大切で、必要なんじゃないだろうか。『村』の存在そのものが、その『何か』を奪いつつある、『何か』に目を背けているような現代社会のようにも思えてならない。…とはいえ、やっぱりこの作品は、そんな難しいことを考えようとする気持ちすら吹き飛ばす、あざ笑うほどの、エネルギッシュで、痛快で、爽快なエンタメ作品だと思いました。はい。いやー、いいな、佐藤友哉。ほんと、めちゃめちゃ久しぶりに読んだけど、やっぱりこの人の切れ味、ぶった切る感じ、大好きだ。

 

・鳥井加南子『天女の末裔』・・・引き続き、乱歩賞。なんか、この作品、前々から知ってるんだよなー。ようやく、読むことが出来ました。評価が真っ二つに分かれているんですが、個人的にはまぁ、楽しんで読むことができたかな、と。ただ、まぁ、読み返して振り返って見ると、堂々巡りしていただけだよね、と言う気がしなくもない。うじうじ悩む主人公が嫌い、と言うわけではなかったけど、結構、同じことを繰り返してたよね…と言う気がしないこともない。うむ。あと、ラストに、ひとりがたりの手紙、遺書で閉める、というのも、なんかずるい。なんでしょうね。結局、神様ってのは男のものなんだろうなぁ、と感じました。普段は、穢れの対象としてあるはずの女性を、あれやこれやの手段で、神に、或いは神の使いとして仕立てあげる。そして、神の恩恵を受けるのは、自分たちだけ。村にしろ、土地にしろ、力の象徴であり、男のものだからなー。なー。なんか、結局は、神=男に振り回された女、と言う構図が見えなくもない気もする。うむ。なんか、そう結論付けてしまうと、ただそれだけの話、と言う気がしてしまうのが、この作品の悲しいところと言うか、ここで終わってしまっただけの作品と言う気がしてならない…。もっと、こー、民俗学取り入れただけに、もっと面白く、怖くできた気がするんだけどなぁ。うん。こういうのが好き、嫌い、で評価が分かれる作品だと思いました。途中、石田君と主人公の光景が、もう、二時間ドラマにしか見えなくなった私は、この作品には向いていなかったんでしょうな(遠い目)。うん。でも、まあ、そこそこは楽しめました。

 

山崎洋子『花園の迷宮』・・・乱歩賞だよ。はい。面白かったです!序盤から引き込まれました。すぱっ、と切れ味のいい、簡潔な文章は、ページ的、レイアウト的にも読みやすかったし、それでいて、物足りないと言うこともなく、新人さんらしからぬ巧みさだなぁ、と。あの当時の、戦乱に走っていく手前の、日本のきな臭さと、その中でも、懸命に生きていこうとする市井の人たち、そして、個性豊かな登場人物たちが、すごく効果的に配役されていたように思う。いい意味で、ドラマ的と言うか、お約束通りの配役で、でも、すごくそれが物語を読ませる力になっていたような。特に、主役のふみちゃんと、まさしく、悲劇の少女の美津ちゃん。このふたりの、こういう配役って時点で、もうこの物語は半分成功したようなもんだと思う。好奇心旺盛で、とにかく前向きで、頑張り屋で、でも、年相応の乙女心も持ち合わせているふみちゃんを、応援するような気分で読んでいました。うん。冬の、過酷な寒さと真っ白な雪の中、それでも、ぽつりと咲く赤い実。その健気さ、生命力の強さ、儚さ、強さそのままの女の子で、本当によかったなあ。ストーリー的にも、当時の背景をうまく絡めつつ、ミステリのお約束もきっちりと満たしていて、読みごたえたっぷりでした。ふみちゃんを取り巻く男性二人も、ものすごく魅力的だったしね。お約束通り、いい人、と思わせていた方が、裏ボスだったけどね(笑)。うん。自国の経済の行きづまりを、武力によって海外に求めようとしていたあの頃の日本。その中で、そのどうしようもない大きな流れの中で、まして、春を売る商売についていた女性は、なおのこと、どうすることもできなかっただろう。そもそも、どうのこうのできる、しようなどと考えることすら、その人たちには許されていなかったのかもしれない。ふみちゃんの言葉通り、学ぶことを許されていなかった彼女たちは、ただただ、日々を生きること、生き抜くことで精一杯だっただろうな。そうした中で、たとえば、美津ちゃんは絶望の中のわずかな希望にすがりつくように、騙されて殺されてしまった。荘介のお姉さんも、理不尽に命を奪われてしまった。厳寒の中、次々と実を落としていく果実のように、この世を去って行ってしまった彼女たちの若い人生を、思いを、何もできないと知りながら、だからこそ、とにかく生き抜こう、絶対に生き抜こう、生きて、最後まで見届けようと誓ったふみちゃんが受け継いでいくだろうな。作者から、それをまるで使命づけられたかのような文章も、厳しくも優しく、激励しているようにも思えて、印象的でした。…十八で、もう、大人…一人の人間としての、義務と責任感を託した、その厳しさが、私には耐えられません(ちーん)。はい。ともすれば、陰惨で悲惨な物語になってしまいそうなこの物語を支えていたのは、やっぱり、彼女たちの、ふみちゃんの、そんな力強く、前を向き、明日を夢見ていた思いなのだと思うと、切ないような、すごいなぁ、というような思いでいっぱいです。…だね。天女の末裔さんに、ふみちゃんを会わせてあげたいよ(笑)。

 

井沢元彦『猿丸幻視行』・・・乱歩賞です。はいよー。この人、作家だったんだ、と言うのがまず驚きで、しかし、読み進めていくうちに、この人の本領発揮と言うか、歴史の謎を解いていく、みたいな側面が強くなっていって成程、これこそ原点なんだな、と納得しきりの作品でした。未来のことを思う時より、過去のことを思う方が切ないような、それでいて、胸がわくわくするような気がするのは、それがすでに確定事項だからなんでしょね。そして、確定事項だからこそ、だけど、どうにでも遊べる要素だからなんでしょうな。うん。かの有名な猿丸は、その正体は果たして、ということに対して、ありとあらゆる知識、文献を駆使して取り組んでいく。そこに、その血を引く末裔が絡んでいって、事件ともども解決していく…その探偵役に、折口信夫が当てられた、って言うのも、またこれ、とんぴしゃというか、もう、その時点で、この物語、成功したも同然だよな、と。うん。折口信夫と言う人に対しても、すごく、以前にも増して、興味がわいたし、あぁ、改めてこの人、本当に知識の源泉みたいな人だったんだなぁ、としみじみ感じました。なかなかな、日本じゃな、こういう分野の巨匠ってのはマニアック的な認められ方しかされないけど、本と、実は何気ない日本人の考え方とかに影響を与えている人なんじゃなかろうか、と思いました。そして、想像力と言えば、物語の根幹を握る『うた』の存在。昔の人に、あれだけの『うた』を詠ませた、その原動力たるやなんだったのかと思うと、もう、何が見たいって、それがいちばん見たいよ!すごくない?ひらがな一文字、全部使って、しかも、意味のある『うた』を詠む。或いは、地面通りに詠ませるだけじゃなくて、それこそ暗号のように、先頭の文字や、末尾の文字で別の意味も伝える。…すごくない(どーん)。なんて遊び心に満ちていたんだろう、と思うし、その、それだけの『うた』を詠ませるだけの、たとえば景色だっり、四季の移ろいだったり、そういうものに心を傾ける余裕のようなものが素晴らしいと思うし、見ていたものを見たいと思うし、そして、そこから、これだけの『うた』を生み出せる、心の動きのようなものが、もう、たまらなく瑞々しく感じられて、羨ましい。すごいな。なんだろ、ほんと、すごい人たちだよな。うん。そうして、時を経た今の日本から生まれたものが、人の作った思いの形のようなものが、時代を経てどれだけ、残っていくんだろうな。ほんとな。そんなことを感じました。こうして考えてみると、歴史って、本当に豊かだなぁ、と思う。たとえそれが、時に血塗られたものだったとしても、そこには、様々な人たちの、様々な思いが織り込まれている。それが『うた』として残されている、そのことに、もっともっと私たちは触れるべきじゃないだろうか、と思うんですがね。そんなこんな。ミステリ、と言うと、ちょっと弱いかな、と言う感じはしますが、『うた』、猿丸の正体、歴史の謎を紐解く、そういった面での想像力を駆使させての展開は、まさしくミステリさながらだったと思います。うん。なかなか読ませる、歴史ミステリでした。面白かったです。

 

・梶龍雄『透明な季節』・・・乱歩賞だってさ。うむ。…流し読みの割には、内容とか頭の中にきちんと残ってるのは、ミステリ小説と言うよりも、戦中の少年たちの日常を描いた作品だっただからでしょうか…。うん。途中で、カタカナと漢字だけの手紙が出てきた時はどうしようかと思いましたけど。うん。結局は、自殺だった、と。ポケゴリ・・・ってか、どの人にもこの人にも、あだ名をつけすぎです。はい。…すんません。もう、読後数日経過しているので、あんまりよく覚えていないと言うか。ほんと。ミステリと言うよりも、青春小説だったなぁ、とういう感想くらいしか浮かんでこないよ…。…乱歩賞か。うーん…まぁ、確かにミステリはミステリだし、乱歩賞と言ってもそれ以外の所が評価されるべきで、本作はそこがしっかりとしていたとも思うんだけど。乱歩賞、と期待して読むと、ちょっと肩すかしを食らうような気もしなくもない。うん。でも、そうだな。すごく、あの年頃の少年の、透明な季節、まさしくそれを切り取って、とても丁寧に、リアリティ溢れる感じで描かれていたように思う。エロ本で盛り上がる感じとか、戦況に思いを馳せる所とか、戦うことはよくわからないけれど死にたくはないと思うところとか、薫さんへの思いとか。そして、降りかかってくる戦火、それによって死が間近に迫ってくること、そのことにすら胸の高鳴りを感じてしまうところとか。ラスト付近、東京大空襲ですべてが焼けてしまった、そして、近しい人も死んでしまった、その空虚感とかは、ほんと、割と胸に残っています。はい。そんなこんな。異色の乱歩賞受賞作、というとちょっとどうなのかな、と言う気はしなくもないですが、ミステリ込の青春小説、戦時中の、ひとりの少年の成長記録して読むと、佳作だと思います。はいよー。

 

・赤井三尋『翳りゆく夏』・・・乱歩賞どすえ。はい。面白かったです。いわゆる、乱歩賞らしい作品。文章が、新人さんにしてはすごく整っていて、ミステリとしての読みごたえも十分で、人間関係の哀愁のようなものもすごく漂わせていて、さりとて、他にこのような作品がないかと問われればそんなことはないけれど、でも、きっちりとまとまっていて、読ませる、文学界の優等生的な乱歩賞を代表するような作品だと思いました、はい。20年前の誘拐事件、その犯人と思しき男の娘が、新聞社に入社することになった。大株主の意向で、それを調査することになった…と言うのがあらすじで、その事件の発端と言うか、そうか、大株主ってのはそこまで強大な力を持っている物なのか、と思ったものなんですが。この導入部分から、いろんな立場の人が事件に関わっていくことで事件が広がり、そして梶さんの調査で少しずつ、少しずつ、事件の真相が見えていき、収束して行って『まさか』のラストが待ち構えていました、って構成が、すごくうまいなぁ、と。結構なボリュームがあるんですけど、ぐいぐいと読ませるし、まぁ、あの、見るだけで覚えられるんです、って言う能力のくだりは、果たして必要だったのかどうかは疑問なんですけど、その割に、あんまり無駄がなかったなぁ、って言う気がしました。報道とか、映像関係の仕事に携わってらっしゃる方だけあって、やっぱこう、見せ方を知っていて、それを適切な量で文章にするって言うことが、すごくうまいなぁ、と。はい。東西新聞社の面々も、すごくかっこよかったなぁ。それぞれがいろんな過去を持っていて、その忸怩たる重みのようなものを振り切れないでいながらも、犯罪者かもしれない男の娘が入社する、入社試験を経ての入社なのだから、そこには一切、間違ったことはない、という正しさを、報道機関に勤めるものとして、あるいは、ひとりの人間として、果たしきれなかった夫として、父としての役目として果たそうとする、っていう静かな熱さのようなものがひしひしと伝わってきました。はい。そして、『おぉ、そう来たか』という事件の真相。成程なぁ…。こう思うと、翳りゆく夏、ってタイトルが、すごく胸にしみる。20年。20年間、夏が来るたび、武藤さんの胸によぎった思いは、どんなものだっただろう。そして、難関試験を突破して、自分も加担していた犯罪に加わっていた男の娘が、自分と同僚になると知った時の思いは、どんなものだっただろう。血の繋がりを持たない親子、というのが今作品の裏テーマのようなものだとすれば、片や、それを知りながら、けれど、そうならざるを得なかった事情を呑み込みながらも、実の親子のように共に時間を過ごしてきた。しかし一方、それを知らされないままに、ここにきて、その事情が明かされることになった。重いなぁ。法の道に進むと決めた、彼の心が、どうか強く保たれますように、と思わずにはいられないなぁ。なぁ。20年。登場人物たちの過ごしてきたその時間の重みのようなものが、まさに、灼熱に焼かれたアスファルトを覆っていく翳のように、胸をずっしりと覆っていきます。でも、ラストでは、その翳を払い去るかのように活躍している姿が描かれているので、それがせめてもの救い、過去がありながらも、人間は前を見て、前に進みながら生きていく生き物なのだと訴えかけてきているようで、少しホッとしました。はい。そんなこんな。うん。これはなかなか面白かったし、なにより、読みやすかったです。まさしく、二時間ドラマにぴったりな感じの、優等生乱歩賞受賞作だと思いました。

 

桐野夏生『顔に降りかかる雨』・・・乱歩賞だってばよ。はい。他人について知っていることなんて、実はそう多くない。人が持ち合わせている顔というものは、その数はさほど多くはないのだろうけれど、ただ、自分が知らない顔と言うものもあって、何が言いたいのかと言うと、自分すら知らない顔と言うものも持っている。自分しか知らない顔も持っている。ましてそれが他人と自分と言う関係になると、もう、どうしようもないんじゃないのかな、ということを、ふと、この作品を読んでいて感じました。作品の本筋とはちょっとかけ離れた感想になるんだろうけど、でも、ミロが親友の耀子に感じていた友情と、そこから実はかけ離れていた現実に打ちのめされたところとか。外国人と日本人というころとか。私は私でしかなく、他人もまた他人でしかない。私から見た他人は、所詮はそれだけでしかなく、他人から見た私もまた、それだけのものでしかない。それ以上のものと勘違いしてしまっている、或いは、そこに希望のようなもの、期待のようなものを抱いてしまっていることと、そうでしかない現実との間に横たわる、どうしようもなく悲しい深い、深い深淵のような闇を覗き見たような、そんな感じです。だからこそ、肉体、命に直接かかわるピアッシングの趣味や、死体愛好家ってのが登場してきて、彼ら彼女らは、その方法で、人間関係に存在する深遠なる闇を、乗り越えようとしたんだろうなぁ、とか思うんですが。まぁ、はい。はい。まぁ、作品の本筋は本と、そことはあんまり関係ないんだけどね。ただ、結局、行動原理が定まっていないようなミロにしろ、かっこいい、と思った次のページには、どうしようもなく情けない男に成り下がっている成瀬にしろ、虚勢を張り続け張り続け最後のところでそれを本物へと昇華できなかった耀子にしろ、結局は、私が感じた彼女、彼であり、そしてまた、彼女自身も、彼自身もわからない部分に突き動かされていてのことなんだろうな、と思うと、別に行動原理がどうとか、小説ではそういうところも重視されるだろうけど、でも、そうじゃなくてもいいんだろうな、と言う気もしたのでありました。うん。これはこれでいいのだと思うし、都合がよすぎるよと突っ込まれてもそれはそれでやっぱりいいんだと思うし。ただ、そうだな、やっぱりちょっと冗長だったかな、と言う気は否めなかったかな。ただ、まぁ、桐野先生の作品を何作か読んでいるけれど、決してテンポの良さとか、スピード感とかで勝負している作家さんじゃないと個人的には思うから、やっぱり、あぁ、原点なんだな、と感じた次第であります、はい。個人的には、ラストがな、桐野先生らしいな、と。私なら、警察を呼んだりはしない。その方がドラマチックだと思う、って、そういうことは考えてらっしゃらないんだろうな。あそこで警察を呼ぶような女だから、ミロは自らを愛しようがない女と言うのだろうし、私から見た彼女は、強靭ながらも、どこか不安定な女性に見えるんだろうな、ってか同い年だってばよ(ちーん)。はい。そんなことをつらつらと感じた作品でした。顔に降りかかる、冷たくも生ぬるい雨。それを拭うも拭わないも自分次第で、ただ、そうして見えた誰かの顔ですら、或いは、そうして誰かから見つめられる自分の顔ですら、やはり降り続く雨に霞むような中で、それでも誰かと関係を築かずにはいられない。人間って、悲しいな、と思いました。

 

逢坂剛『百舌の叫ぶ夜』・・・乱歩賞、一端休憩。はい。そんなこんなで、あらすじで惹かれたので読んでみました。五時間で完読!面白かった!元々、ごちゃごちゃと文章に装飾を施す作家さんじゃなくて、簡潔な文章で物語を紡がれると言うこともあって、ドラマのキャストさんを頭に浮かべて読んでみたら、余計に読みやすかったです。はい。暗殺者、百舌の正体とは。爆発テロに隠されていた真相とは。警察内部に巣食っているだろう暗部とは。そうした謎が複雑に絡み合いながらも、過去と現在、意味ありげに時系列に並べられて進む物語は、後半に進むほど、特に百舌の、思いがけない正体が明かされてからは、もう、怒涛の勢い、一気呵成、ノンストップで一気にエンディングですよ。すごいな。この引力たるや、素晴らしい。文章の力とかじゃなくて、純粋に、物語の力だけでそうさせるんだから、すごいよな。うん。警察内部のテロ組織への関与とか、そこに、警察官の妻が関わっていたとかは、まぁ、この手の作品大好物な身としては読めなくもなかったけど、でも、だからこそ、もう、ピンポイントで大好きな部分をくすぐられたみたいでたまりませんでした。あとはやっぱり、百舌の正体ですかね。というか、百舌の存在そのもの、というか。『百舌の叫ぶ夜』と言うタイトルが、もうこれ以上ないと言うほどぴったりだなぁ、と。新谷本人だと思い込ませておいてからの、実は、その妹として育てられ、扱われていた双子の弟でした、という真相が明らかになった、あのページの瞬間と言うか、構成と言うか、そこが見事だったなぁ、と。そして、その瞬間から、また物語の、それまで読んできた印象が変わって、『百舌は百舌でしかない』という、その強さの中にもただひとつ、父であり母であり兄であった新谷和彦に対しての、ただひとつの愛情が感じられて、切なくなったと言うか。百舌の叫ぶ夜。短くも長い夜。ただひとりきり、百舌と言う存在でしかない中で、それでも、和彦のことを思った、叫んだ百舌の生き様が、鮮烈で、美しくもあり、そして途方もなく悲しくもあり。…まぁ、この人、また復活するらしいんですけどね。てか、やっぱ、現実社会でお目にかかるのはごめんだけど、殺し屋、暗殺者、大好きだ。どれだけ間が抜けていても、人間臭くても、冷徹でも、優秀でも、この人たちはたまらなく美しい、そして、たまらなく切ない。繰り返し、現実社会ではお会いしたくないけどさ。はい。様々な人間関係の中で、様々な感情が渦巻いているんですけど、この作品の底流のような、どうしうよもなく悲しく、暗い感情と言うのが、たまらない。その暗さのようなものが、登場人物に厚みを与えているようで、いいなぁ、と思う。やっぱり、この手の作品は、こうであってほしい(願望)。はい。ということで、ドラマな。オリジナルキャラなんかも登場するみたいで、あと、そもそものネタが映像化できるのかどうか、ちょっと不安だけど、見てみたい気はします。うん。そんなこんなで、シリーズ全五作、読めるところまで一気に読んでしまおうと思ったよ、スタートです!

 

逢坂剛『幻の翼』『砕けた鍵』・・・続編です。二冊まとめての感想です。…お、おぅ、波乱万丈だなぁ…。敵陣の中でやったかと思ったら、次の巻では結婚して子供まで生まれてたら、その子供もあっけなく爆死。と思ったら、三作目では倉石さん死んじゃったし。いや、読みごたえたっぷりでした。もう、お腹いっぱいです。はい。そうですね、まずは『幻の翼』から。こちらは、百舌の、死んだと思われていたお兄ちゃんが『百舌』となって登場と言う、ちっと反則じゃねぇか、それ、そもそも、あんたが死んだと思ったから弟君は頑張ったのによぉっ!という気がしなくもなかったんですが、それでも、あっという間でした。はい。ロボトミー手術とか、すげぇな、おい。頭にメス入れられて、そこまで津城さんの計画だったとか…ほんと、この人、恐ろしいよ…。ドラマ化だけど、この辺りはどうなるんだろうなー。病院が舞台だったけど、原作にはない登場人物とか出てきてたから、ひょっとしたら改変されるのかもしれないね。こちらは、ラストに、おっ!と来るような驚きもあって、面白かったです。腐りきった病院で非人道的な手術が、ってのもおどろおどろしい雰囲気たっぷりで面白いよなぁ~。やっぱりこのシリーズは、百舌と言う暗殺者がいてこそ、だと思わせたのがこの作品と、そして三作目の『砕かれた鍵』ですね。百舌が一切、出てこない。似たようなコードネームを持つ悪役としての『ペガサス』という登場人物が暗躍するのですが…うーん…やっぱり、百舌ほどの魅力はないかなー。やっぱり百舌は、生まれついての殺人衝動、それを慰めてきた兄、そしてそれに救われてきた弟。そういう悲しみのようなものがあるからこその、暗殺者、悪役としても味わいがあると言うか。うん。それがこのシリーズの魅力でもあったわけで、まぁ、仕方ないとは言え、やっぱりちょっと残念だったなぁ、と。はい。でも、物語性は、やっぱり十分だったと思います。美希さんも…大変だなぁ…。まぁ、根っからの刑事と言う生きがしなくもないが…まぁ、大杉さんがいるからね。幸せになった下さい(笑)。四作目か。次は。ちょっと他の作品を読みたいかもしれない。そんな、今日この頃。…なんだ、この感想(笑)。

 

逢坂剛『よみがえる百舌』・・・なんで裏表紙の絵がモンゴルのゲルなんだろうと思ったら後半の舞台でした。怒涛のモンゴルラーッシュ!はい。そんなこんな。今作で、前作、死んでしまった倉木さんの死が、ようやく効いてきたと言うか。正直、前作は、なんか物語的にはあんまりなぁ…と言うか、黒幕の正体がわかりやすかったからなぁ。うん。そう。だから、今回で、あぁ、そうか、倉木さんは倉木さんなりに、熱いものを胸に秘めて戦っていたんだな、とようやく感じられたと言うか。うん。まさか、しかし、大杉さんとあんな関係になっちゃうとは思っていなかっただろうけど、でも、まぁ、この二人の関係も、男と女と言う面はもちろんのことだけど、それ以上に、戦友的な面もあるんだろうなぁ、と思うと、なんか微笑ましい気もするし、でも、ラスト、ハワイに旅立つ辺りは完全ハネムーン。…あぁ、そうか、このために前作では旦那はおろか、ふたりの子供まで殺されたのかと思う私は性悪か。はい。一気に読みふけったけれど、やっぱり当然のことながら、第一作が一番だったな。うむ。今作も、黒幕の正体が見え見えだったしなー。そこが残念だ。そして次作は、ものすごく評判悪いので、手を伸ばそうかと言う気がしないので…。うむ。そんな具合ですが、ドラマは楽しみだから、ちょっと見てみたいな。はいよ。ろくな感想じゃねぇな、これ(ちーん)。

 

・横関大『再会』・・・乱歩賞。はい。つい最近の受賞作ですね。ふむふむ。成程な。乱歩賞らしい、可もなく不可もなく、どこかで読んだよう気のする、でもまぁ、そこそこに楽しむことのできる作品、という評がぴったりじゃないでしょうか。うん。個人的には、現在の謎と並行して暴かれていく23年前の謎がすごく気になって、ドキドキしながら読んでいたのですが…むー…現在の事件に関しては、なんか、こういう書き方は嫌いだ、という感じでの暴かれ方というか、真相だったので、そこで一気にテンションが落ちたなー、と言う感じです。うん。登場人物が多数いて、語り口がそれぞれによって異なり、だからまぁ、犯人である人物の語りがなければ、隠されたままの情報、感情の動きのようなものがあってもいいんだろうけど…これなー、この手は、フェアじゃないよなー。わからなくもないし、その通りなんだけど、これをされると、もう、あーあ、って感じがして、一気に冷めてしまうのです。はい。そこさえ、もう少し巧く描かれていれば、まぁ、警察署のお偉いさんが実は黒幕だった、という取って付けたような真相はともかくとして、あまりに優秀すぎる、万能すぎる南良さんの正体が実は、と言うところも含めて、よかったなぁ、と思う。40を手前にした、くたびれたような、すり減らしてすり減らして無くなる寸前の心の機微とかが、すごく、そのように描かれていたと思うし、その心の動きが、だけど、事件を通して寸前のところで甦った、って言う感じのラストも、この作品にはふさわしいものだと思いました。はい。まぁ、でも、なんていうか、優等生過ぎるよな、と言う気はしなくもなく。

 

・相場英雄『血の轍』・・・魔法少女による大量虐殺漫画にはまっていたので、久しぶりの読書ですよー。はい。海藤さん、脇、甘すぎぃっ!(絶叫)。叫ばずにはいられないっ、と思ったけど、これもまた公安の策略だったのか、と思うと…なんとも…志水の救われのなさよ。とも思うのですが、どうですかね?あのラストは、それでも、僅かに救いがあったのかな?あのラストで、確かに、光明じゃないけど、ほんの少しの柔らかさのようなものを感じられたのも事実だしなぁ…うん。あのラストは、良かった。あれ以上の描写がないのも、逆に余韻たっぷりで、良かった。あのラストシーン見るためだけでも、映像化された作品を見てみたいと心の底から思った。うん。血の轍。まさに、血を吐くような思いで、それぞれが、それぞれの、組織から求められる、或いは、自分の胸中から湧き上がってくる『正義』を貫いてきた。後に残るのは、その、禍々しいまでの轍だけ。そりゃ、交わるはずがないだろう、と思った。それが、ラストでは、交わりはしないものの、微かに近づいたのだとしたら、そこに、組織に属する人間ではなく、ただの人間同士としての、何かしら新たな関係のようなものが生まれたのだとしたら、と思うと、切ないような、それでも、やっぱりほっとしました。兎沢は、許さないかもしれない。それでも、志水は構わないんだろうし、そこが重要じゃないんだろうな。うん。はい。そんなこんなで、面白かったです。公安部と刑事部の、壮絶なまでの、凄惨さすら漂わせるやりとりに、過去のエピソードがこれでもかというまでに盛り込まれていて、ちとお腹いっぱい過ぎるぜ、と言う気がなくもないけれど、でも、とても効果的だったし、登場人物たちの個性も際立ってきたしなぁ。兎沢の猟犬っぷりもさることながらですが、やっぱり、志水ですかね。脆い人。あなた一人が、どれほど身を粉にしたところで、組織なんてそうそう変わるはずがないよ、って突っ込みたくなるくらいに、でも、本人もそんなことは百も承知だったのかもしれない、と言うような思いもこみ上げてくるような、組織でしか生きられなくなってしまった、ただただ、哀しい人。でも、彼をこんなにまでした、そのやり口含め、公安って、もし本当にこんなやり口も通用しているのだとしたら恐ろしいよなぁ。なぁ。組織に属すると言うこと、そのことは、どんな人にでもあてはまることなんだろうけれど、警察と言う組織になるとそれが、こんなにも特殊になるんだろうなぁ、と現実社会でも警察官と言う人の言動を見ていると思うもんなぁ。うん。兎沢に肩入れするか、志水に肩入れするかによって、物語の印象とか、見方が大きく変わるのも、この作品の魅力じゃないでしょうか。うん。あとは、坂上さん、チーター(どーん)。ドラマでは女性になっていたとのことですが…この物語に、ふたりの奥さん以外の女性は、出しちゃ台無しだと思うよ。うん。重量感あふれる物語、でも、スピード感、緊迫感は衰えることなく、そこに加えて、登場人物、男たちの不器用な生き様が胸を切なくさせる、極上の警察小説でございました。はいよ。

 

島田荘司占星術殺人事件』・・・はい。長きにわたり読みたかった本、ようやく、字が大きくなった改訂完全版なるものが古本であったので購入。結果…こ、これは、改訂完全版なる物じゃないと読めなかったわ。ってか、改訂完全版なる物でも、もう、途中で挫折したけどね、でした。はい。すんません。…まぁな。まぁ、押して測ってくれ(どーん)。『誰もその犯罪をできる人はいなかった』、その一点を証明するために、この手の小説は時に『読みやすさ』『物語としての面白さ』が無視されることがあるのは承知しているつもりなんですがね…うん。はい。まぁ、もう、その点は置いておこう。はい。トリックに関しては、金田一の漫画で知っていたので、だからこそ読んだと言うべきか。そりゃ、しかし、こんなトリック、すごいよな。誰が思いつくかって話ですよ。すごい。そして、それを成し遂げた女性の告白が、流し読みしたとは思えないほどに(苦笑)胸に迫って来た。これは、わが身と重なって、ぐっときた。『このまま死んでいくのか』、そんなことを感じさせる程、そんな哀れさすら感じさせる程の、居場所を与えられなかった母親の姿を見てきた娘。そこから芽生えた復讐心に、己の存在を社会から抹消してまでも、鬼畜のような所業をやってのけたその女性。ただの、ひとりの女性。けれど、そうして得たはずの結末は、やはり、満足とは程遠いものだった。自らの行いに、後悔はしていないと言う彼女のその言葉は、けれど、自らの中のその気持ちが、後悔に限りなく近いものだからこそのものなんじゃないだろうか。だとしたら、一体、と考えてしまうと、全身の力が抜けていくような、足場にぽっかりと穴が開いていって、そこに音もなく吸い込まれていくような感覚に陥ります。うん。なんて、空しいんだろう。そして、なんて悲しいんだろう。事件の凄惨さ、トリックの異常性などが魅力の本作だけれど、だからこそ、その、ある種の非人間性とは対照にあるような、彼女の、人間としての心の働きよう、人間としてのわびしさのようなものが、深い、深い余韻となって本作をぎゅっ、と引き締めているように感じました。うん。ぐっときたな。内に、内に目を向けることしかできなかった母親と娘の、その、あまりにも当然と言えば当然の、けれど、あまりに残酷すぎる結末が、わが身と重なって仕方ない。はい。そんなこんな。巻末の作者のあとがきも、すてきでした。そんなこんなで、ようやく読みました、の一冊でした。あいよー。

 

深町秋生『果てなき渇き』・・・久しぶりです。忙しいと言うわけでなく、暇と言うわけでもなく。読んでいなかったわけでもなく。そんなこんな。映画化と言うことで読んでみました。ふむ。…っても、もう大分前に読んだので、あまりよく覚えていない。というか、それだけの話だったと言うか…。うーん…なんだろうかなぁ。覚えていないというのが、もう、本音と言うか…。まぁ、あの、あれ。よくある感じの話だな、と言うか。デビュー作だからな、なんか、一生懸命ハードな感じに仕上げましたっ!っていうのが、見え見えだった気が。はい。映画な。まぁ、映画には、いい意味でも悪い意味でも向いている作品だと思う。はい。これくらいだ勘弁してください(土下座)。

 

・永瀬隼平『閃光』・・・何かに執着すると言うのは、ある意味では幸福で、ある意味で不幸なことで。それを決めるのは勿論、他人じゃなく自分なんだろうけれど、ふと、あぁ、ただこれのみに執着してきた自分の人生はなんだったんだろうな、と振り返ってしまった時に空虚感しかなければ、それはものすごく悲しいな、と思いました。今作の場合、事件に魅入られた刑事さんは家庭を失い、しかし、最後の最後でその屈辱を、僅かでも晴らすことができた。一方の犯人側は、どうだったのかな。若気の至り。その言葉が重く、胸にのしかかりました。人生って、本と残酷だよな。『あなたが主役』ったって、自分の人生の中の自分ですら、過去と現在と未来があり、それは結局は『今』なんだけど、でも、その時々によって状況も、思ってることも違うんだからな。そのくせ、やり直しは効きませんって、どんな罰ゲーム。はい。そんなこんな。読み終えたのは六月の初旬ごろだと思うのに、感想を書いているのはお盆って、どういうことなんですかね。ははは(逃亡)

 

桜庭一樹『私の男』・・・結論。北海道のオホーツク沿岸は、もう、日本でありながら日本ではない。極寒の空気と、激しく暗いオホーツクに囲まれて、まともな神経保ったまま生活を送っていけるはずがない。外に羽ばたくことも叶わず、ならば内へ、内へと沈んでいくしかなく、やり場のない感情はすべて、ならば手の届く範囲、目の届く範囲で解消するしかない。そのことを暴力と言う形で実践し、それを描いたのが馳先生のタイトル忘れたけど、あの作品だった。そして、本作は、それを近親相姦とマザコンと殺人と言う形で実践し、描いてみせた。もう、そりゃ、こうなるってば。淳悟と花。血の繋がった二人が再開したのが、あの地でなければ。いや、それ以前に、淳悟が両親を失ったのが、あの地でなければ。そもそも、ふたりはこんな関係にはならなかっただろうし、こんな物語にもならなかったと思う。身も蓋もない言い方で、失礼極まりない話だけど、本と、もう、土地が人を作る、土地が物語を作る、土地が宿命を義務付けるってあるんだと、つくづく感じました。はい。怖い。あそこは、もう、生命のささやかな息吹、営み全てを暗い海と、吹きすさぶ極寒の風が飲み込み、なぎ倒し、奪っていくんだよ。…どんな偏見。はい。そんなこんな。図書館で一気読み。面白かったです。映画、これは見たい。年代が遡って、そして物語の語り手が変化していって、様々な事柄が明かされていくって言う構図が、物語を一層、飽きさせなかったし、何と言っても登場人物たちがどの人もこの人も魅力的だった。淳悟は、もうただひたすらに、かっこよかった。土地に魅入られ、土地に飲み込まれ、結果として、花と身を結ぶと言う所業でしか、自分の中の過去を清算できなかった人。どうしようもなく情けなく、だらしなく、だけど、かっこよすぎる人。くそう、くそう!小町さんも、他人とは思えないなぁ。後悔した時には、すでに遅し。その憎しみとか、悔しさとかがきっと、体についた脂肪なんだろうな。一生、落とすことのできない脂肪なんだろうな。そして、花。そうするしかなかった、という一面と、そうしたかった、という一面。その、相反する二面性が同居している、その脆い体つきとか、目線とか、暗さとか。あぁ、もう、これ二階堂ふみさん、ぴったりじゃないですか、と頭の中で想像しながら読んでいました。父であったから、惹かれたのか。それとも、ただの男として、惹かれたのか。自分に助けの手を差し伸べてくれた、その情愛や喜びが、いつしか、この人に触れたい、この人と交わりたいと言う肉欲に変わっていったとしても、それはそれでいいじゃないか、とも思うのでありますが。おじさんを殺してしまった、殺した、その心の奥底には、淳悟と離れたくないと言う思いがあった一方、やっぱりどこかで、後ろめたい思いがあったから、なのかなぁ。ふたりの物語は、悲しいなぁ、と言う気がして、しかも、結局、離れながらも離れない、身を消すと言う方法で淳悟は花の中に永遠に残り続け、花は、そのことで一生、淳悟と共にいざるを得なくなった。そのことがまた、どうしようもなく、どうしようもない。結局、こうして奪い、奪われていくのかと思うと、あぁ、結局、幼い頃の花は、淳悟を奪い、淳悟から奪っていくことが楽しかったのかもしれない。無邪気に、そのことを楽しんでやってのけていたのかもしれない、とも思うような。その果てに、最後の復讐じゃないけれど、それにも似たような思いで、だけど一切の過去を自分一人で背負って消えていく、つまりは花との完全別離を覚悟したうえで、淳悟は身を消したのかもしれないな、とも思うような。なんか、色んな想像が出来るお話だな、と思いました。はい。近親相姦な。別にいいじゃん、と思う私は、少々おかしいのでしょうか?

 

麻耶雄嵩『冬と夏の奏協曲』・・・気がついたら八月…読んでいなかったわけじゃなく、多分、この前にも連城さんの作品を何作か読んでいたはずなんですが、もう遠い昔。読んでいなかったわけじゃない。ただ、手は抜いていた(ちーん)。はい。そんなこんなで近々で記憶に残っている本のみ書きます。っても、もうこれも記憶遠いけど。結局、オチわかんないままだったし。そうか…こんな癖のある文章だったか、と。初期の頃の作品だったから、なおのことそう感じたのかもしれない。はい。神様シリーズの新刊が出たので、そちらを読みたいです。『きょく』と入れたら『巨躯』が一番に出てきたり、『よみたい』と入れたら『詠みたい』と出てきたり。このパソコンの変換機能は大丈夫なのかっ!

 

赤川次郎他『短篇復活』・・・そんなこんなで狂っていた時系列が正常に戻りましたよ。はい。短編集です。短編って、やっぱ難しいよなーと思うし、一つの作品の中から抜粋されている作品も多かったから、どうしても一作のみではパンチ不足と言うか、読後、宙ぶらりんになってしまうような作品もあったりして、短編集もそういう意味ではなかなか罪だよな、と思ったり思わなかったり。そういう意味でいうと、抜粋されていた一作でも十分に堪能でき、読後感にパンチを感じられたのは、赤川、浅田、綾辻、伊集院、篠田、志水、清水、板東、東野、唯川先生の作品だったかな、と。好みにもよるんだろうし、こればっかりはもう、抜粋された作品の傾向だから何とも言えないけど。赤川次郎は、やっぱさすがだなー、と。国民的ベストセラー作家という、その理由が頷ける。そういう意味では、浅田先生もそう。巧いなぁ、と短編集の一、二を飾るお二方の作品にはしみじみと感じました。綾辻先生のは、完全に好みだな。先読みして、オチだけ知った時は『そうか。命の尊さに芽生えたんだな』なんてのんきなことを思ったんですけどね。うふふ。なんて不謹慎(にっこり)。そういう意味では、甘美な思い出が一点、死と言う終焉を迎えてから突き付けられた現実を描いた篠田先生の作品も、たまりませんでした。怖。清水先生の偽義経もサクサクと読めて、コメディタッチ、でも最後はちょっとしんみりとさせられる作品で面白かったです。板東先生は、もう、こういうの書かしたら右に出る者はいないな。亡くなられてしまったし、子猫殺しは未来永劫赦すことも認めることもできないけれど、この作家さん、好き。もうこの、タイトルから、土着的な舞台から、肉欲のぶつかり合いから、狂う人間の姿から、暗澹極まりない結末から、この人の書きだすこういう世界観がたまらなく好き。東野先生の作品については、もう、何も突っ込むまい(笑)。アホやなぁ(褒め言葉)。唯川先生の作品は、この人と言えば恋愛小説、と言うイメージが強かっただけに、とても驚きました。そうか、一口に恋愛小説って言っても、こういう作品もまた、そこに分類するんだな、と。女の醜い部分が、ちらり、ちらりと刺激されるような、その不快感がたまらなかったです。そしてラストの衝撃の結末。恍惚としたような表情、ってのがもう、まざまざと想像でき、そこに背中に流し込まれる冷や水を連想させる、青色の色ってのが、がつん、と効いていて。小説でありながら、視覚的にも訴えてくるような傑作だったと思います。はーい。そんなこんな。次に短編集を読むときは、何かワンテーマでまとめられたものの方がいいかもしれないな、と思いましたが、まぁしかし、短編集ってやっぱりお得ですな、とも思った一冊でございました。はい。ということで、読書復活。…読んでなかったわけじゃないんだけどね、繰り返すけど(どーん)。

 

・瀬尾まい子『おしまいのデート』・・・『ほとんど話したことがないクラスメイトの男子高校生のデート』!買わずにいられるか!ってな具合で、購入しました。古本で売りに来たのも、多分、私と同じような、頭の腐った女性だと思われる…違うか。はい。そんなこんな。短編集でやっぱり何と言うか、尻切れトンボ感と言うか、ここで終わっちゃうのか、と言う読後感は拭えなかったんですけど、この作品に関してはそれでいいんだと思う。まさしく日常の一こまを切り取った作品。一つのおしまいを優しく、柔らかく、丁寧に描きながら、けれど少しも寂しく、悲しくないのは、それが新たなはじまりにつながっているから。物語のおしまい、日常のおしまいが、だけどまた、物語、明日と言う日常につながっていると確かに感じられたから。そんなような、心がほんわかするような作品でした。はい。後、全編通して『食』が書かれいたのが、すごく好感高く、印象に残った。どんな出来事や交流を描くよりも、食事のシーンを描くことは絶対だと思う。うん。誰かと一緒に何かを食べる。或いは、そのことについてあれやこれやと会話することは、何と言うのかな、こー、本能的に、相手を自分と同じ人間なんだと認めていなければできないことだと思うから。はい。印象に残ったのはやっぱり『ファーストラブ』ですかね。これ目的だったし。てか、なしてこんな意味深なタイトルつけたさ!はい。お礼のためにおにぎり握って、デートに誘うって、どんだけいい子…てか、これ、やっぱり実はファーストラブでした、ってオチなのかしらそうなのから(どーん)。だとしたら、素敵です。あと、『ドッグシェア』も良かった。これぞまさしく、悲しい話のはずなのに、なぜか心がほっこり。悲しいけれど、悲しみだけじゃない。うん。『ランクアップ丼』もそう。二作品とも、死を描きながら、けれどそれよりも、生きること、食べることを描いて、その中で築かれていった人間関係の繋がりを描いていて。その人が死んだから終わりじゃなくて、そうやってつながっていった関係性は、何かを食べることで思い出されて、何かを食べることでつながっていくってことを描いているからだろうな。たとえ、そのつながりが途絶えてしまったとしても、日常の忙しさに忙殺されて、いつしか思い出の片隅に追いやられていったとしても、それはそれで、その記憶や時間って物の価値には何ら影響しないんだ、っていうな。うん。そんな気がしました。会いたいと願う人がいる。会いたいと願ってくれている人がいる。幸せな時間を共有した人がいる。それは、とてもとても幸福なこと。良い話だ。心が浄化されたよ…ということで、こんないい話を読んでいる自分がちょっと気持ち悪くなり、うすら寒く感じました。いい話過ぎる(どーん)。いい話過ぎて、最後の方、胃もたれした、胸焼けした(ちーん)。あかん。これじゃ、だめだ。ということで、再び、欲望と暗黒とミステリを渇望する今日この頃なのでした。

 

はい。本日はここまででございます。

横関大さんと言えば『ルパンの娘』シリーズがドラマ化されて、今も2ndシーズンが放送されていますね。

 

なんだろ。ほんと、作家さんのどの作品が、どんなタイミングでブレイクするか、と言うのは、あたりまえのことですがまったくもって予想できないですよね~。

個人的に『この作家さんの、この作品はもっとブレイクしてもいいのに!』とか『この作品は絶対、映像にしたら、ますます面白さが増幅するだろうに!』と言う思いもあったりするのですが・・・なかなか、それらが現実のものとなるのは難しいようです。

 

ってかドラマとか映像にする、しようという作品って、どんなふうに決められてるのかなぁ。ちょいと気になったりします。うむ。

最近、古い、と言ってもそんなに古いわけじゃないけど、私たち40前後の世代の人たちが子供だった時にアニメ化されていたり、流行っていた作品がアニメ化、リメイクと言うことが多いですが。

小説にも、もう少し、そう言う流れが来てもいいんじゃないかなぁ。

あと小説のアニメ化と言うのも、いわゆるラノベ系だけに限らないで、一般文芸の方にも、どんどん来てほしいと思うのは私だけでしょうか。

まぁ、ある程度の需要が見込めないと、採算と言う点においては難しいのかもしれませんが・・・。

 

はい。と言うわけで、本日の記事はここまででございます。

読んでくださりありがとうございました!