どくしょかんそうぶんのひ~1が付く日は大放出

『読書感想文の日』と勿論、書きたかったのですが、打ち込んだら案の定、パソコンがフリーズして、変換されないままタイトルに表示されました。

なんかもう、変換させるのも面倒だったし、これはこれで可愛いからいっかな、てへへ、って感じがしたので(笑)ひらがなのままです。はい。

そんな具合で本日は末尾に1が付く日なので、私のためにためた読書感想文を放出する日でございます。

現在2011年の読書感想文を放出していますが・・・感想文が長すぎるがために、一度にまとまった冊数の感想を放出することができない状態に陥っています。ぐへへ。

でもぶっちゃけ、2012年、2013年・・・と時を経るにつれ、読書感想文はもっと長くなっていくわけで、ほんと、どうしようかな、とそんなに真剣ではありませんが悩んでいます。

 

ま、なんとかなるだろ(でーん)

 

てな具合で、2011年の読書感想文の続き、大放出でございます!

 

・深山章子『鬼畜の家』・・・素敵なタイトル(うっとり)。結構期待値は高く、前評判も高かったのでどんなものかと楽しみにしていたんですがね。成程な。解説の島田先生の言葉がすべてを表しているかと。未知の領域に向かってロケットを打ち上げるような蛮勇な作品ではない。が、魅力はある。ふむ。魅力がある、というか新人さんらしからぬ文章力のうまさとか、ぐいぐい物語に引き付ける力なんかは確かなもの感じさせるのですが。好みでいえば、こんなもんかと。よくある作品と言えばよくあるような作品だし、こんなもんかと言えば、本と、こんなもんか、と言ってしまいたくなるのは、やっぱり、前評判の高さに期待を持ちすぎたからか…。個人的には、もう、せっかくうっとりする素敵なタイトルなんですから、蛮勇も蛮勇、二度と帰ってこられないような領域にまでロケットをぶっ放してほしかったですよ。いや、だって、ほんとに期待したんだもんよ。というか、個人的に、こういう一人称による謎解き、特に犯人によるそれがあまり好きではない、というのもあるのかもしれない。だめですな。そこにミステリ的な味わいを見いだせない私は、まだまだ小童ですな。うむ。でも…ねぇ、なんか、タイトルと言い、設定と言い、もったいないよなぁって気がすごくする。もっともっと突っ走ればよかったのに。どんなふうにって言われれば困るけどさ(苦笑)。

 

樋口有介『ピース』・・・文庫版の表紙しか知らなんだから、単行本の表紙は、その落差に驚いた。おんなじ物語の表紙なんかい、って。文庫版の表紙の方が、少なくとも物語を表しているようでいいと思うんですけど。はい。新聞記事で気になっていた本。「すべてを知った時、この表紙にとてつもない不快感を覚えることでしょう」そうでもなかった気が。いや、って言うか、むしろまったく(ちーん)。それよりも、物語の真相に覚えた落胆の方が遥かにでかい。それは、あかんやろ。その手を使い出したら、何もかも元も子もなくなるしそもそもミステリが成り立たなくなるよ、という気が。いや、別にその手は使ってもらってもいいんですけど、だったらもう少し、それらしき色を出して欲しかったというか、なんか、あまりにも唐突だった気がして。いや、読み返すと「どうしてこんなことに」の成子さん然り、素敵な壊れ具合の硝路君然り、その伏線だったと言えばそうなのかもしれないけどね。でもなんか、なんか。なんか、唐突すぎるし、ずっこい。もっと突っ込むならば、そんなことができるんだったらさ、こんなまどろこしいことしないでさ、子供だった彼らに制裁を加えればよかったんじゃなかろうか。子供だった彼らにその場で、マインドコントロールなっとなんなっとかければよかったんじゃなかろうか。こんなことができるくらいだったら、そんなことはお手の物のように思うんですけどね。うーん。うーん、言わんとすることはわかる。確かに、まぁ、許せることではないけど。そもそも子供だし。いい年した大人ですら、そういうことを平然と、にやにや笑顔でやってるのを見ると、それこそ腹立つのを通り越して呆れて、死ねよ、って感じなんですけど。子供だと、あぁ、まだなーんもわかっちゃいないんだろうなぁ、という気しかしないというか。まぁ、怒りを覚えるのもわかるんですけど、だからこそ、だったらその場でおそろしい目に遭わせてやればよかったじゃん、って気が猛烈にする。てか、私がマスターだったら、絶対にそうする。その場で、子供たちに制裁を加えてやる。うん。そんなこんなで、楽しみにしていた分、ちょっと肩透かしを食らったような気が、個人的にはした一作でございました。

 

馳星周『夜光虫』・・・2020年の私より。馳先生、直木賞受賞、おめでとうございます!はい。久しぶりの馳本。面白かったです。この人の文章ってワンセンテンスがとても短いから、言葉の銃弾を浴びているような気がする。言葉の銃弾で物語が疾風怒濤のごとく進んでいくというか。でも、どっしりと重みもあって、それはたとえば登場人物の憎悪だったり悔恨だったりの重さだったり、或いは、今回だったら台湾という土地のねっとりとした空気感だったりなのかもしれない。初っ端からそういうわけで物語は進んでいくのですが、特に後半も後半、落ちに落ち切った加倉さんが人を殺していく場面なんかは、あまりの展開の速さというかためらいのなさに寒気が立った。成程、これがこの物語の果てなんだなぁ、と。思考も何もかもを一切放棄したような。はい。ラストはどうですか?個人的にはひっそりと、光の洪水の中で息を潜めるようにして生きる加倉さんの姿が憐れでもあり、けれど似合っているようでもあり、そして一言、かわいそうだなぁ、と。『野球は投手次第』という言葉にこそ、ほんと、この人の性格がよくよく表れてるなと思った。まぁ、あの家庭環境じゃこんな風にもなっちゃうよな、とも思うんですけどね。その性格こそが、この結末なんだろうな、と。思っても詮無いことだけど。だけどなんか、あまりの落ちっぷりにそう思わずにはいられませんでした。まぁ、しかし、いろんな登場人物が入れ代わり立ち代わり出てきては消えていき、消えたと思ったらより悪くなって帰ってきたりして凄まじいんですけど、やっぱり個人的には色んな意味でブラコン万歳!な王刑事がツボでした。ブラコンでマザコンで刑事。萌。前半と後半でがらり、と役目というか立場が逆転する構図はお見事なもので、その複雑な胸の内も含めて、おいしかったよなぁ。加倉さんとは本当に分かり合えなかったのか。彼が本当はどう思っていたのか、何を思っていたのかはついぞわからないままだけど、加倉さんが彼の瞳の中に見た『愛情でもない何か』の感情がせめて、ふたりを繋げる糸になりはしなかったのか。あぁ、けれどそうなるには加倉さんはあまりにも自分しか見ていないし、王刑事はあまりにも言葉が足りなさすぎたということかな。うん。そんな彼が母親にあてた手紙と時計を見て、加倉さんは何を思っただろう。真意の見えない王刑事だったけれど、お母さんに向けた親愛の情、そして母親を狂わせた徐や王東谷に対する憎悪の念だけは真実だとあの手紙からは伝わってきて胸をぐっ、とつかまれたような気分でした。あとは、麗ちゃん。下の字が出ないから麗ちゃん呼ばわり。彼女と加倉さんとの軸もよかったなぁ。『罪深い』関係。いいなぁ、ぞくぞくする。日本語ビバ。加倉さんも、彼女を殺すことだけはできなかった。欲しいと渇望し、最初の罪を犯してまで手に入れた女、愛。そこから歯車は狂いだしたわけで、いやまぁ、俊郎と麗ちゃんが結婚した時点で狂い始めたんだけどさ、だからこそ、麗ちゃんの『私は夫を殺した人を愛していました』の一言に得た感情ってのは、ほんと、強いものだっただろうなぁ。多分、加倉さんはこの先、この言葉だけを頼りというか胸に生きていくんだと思う。はい。その他にもありとあらゆる人間の複雑な感情が縦糸となって横糸となって物語を成していくさまは圧巻。そこに台湾野球界の八百長、黒道が絡んでくるんだから面白くないわけがないわな、という結論。…あぁ、しかし、しかし。やっぱりこの場合、加倉さんは悪くないんじゃなかろうか。仕組まれすぎていた罠にかけられただけ、という気がしないでもないことを思うと、彼の性格含めて、やっぱりちと気の毒かなぁ。でも、まぁ、自業自得か。

 

綾辻行人『どんど橋、落ちた』・・・くれぐれも、綾辻先生初心者は買っちゃだめだと思う。『綾辻行人って有名だよね、よーし、買ってみよう』ってなノリでこの本を読んだら…いろんな意味でおそろしい…そんな一冊でございます。はい。私の感想は、やはり、切ないミステリですかね。すんません。こんな私でも一応、物を書いていた時期があるので、本とすんませんなんですけど、ここまでの暴挙に出た綾辻先生の気持ちが多少なりとも理解できると言いますか、はい。ありがたいことに執筆を依頼してくれる人がいる。そして自分の作品を待ってくれている人がいる。でも一方で、そんな声に応えられない自分がいる。作家として、否、その泥沼にはまるあまりに人間としても危ういラインでふらふら、だらだらしている自分がいる。そんな自分を、きっと壊したかったんじゃないのかなぁ、とか。そんな自分の有り様を、きっと殺したかったんじゃないのかなぁ、とか。なんか一度、自分を取り巻いているすべてのものをとっぱらってみたかったんじゃないのかなぁ、とか。『ミステリ』という言葉そのものを解体しようとするあまりできあがったような、まるで自暴自棄の極みのような作品群に私はそう思ったのであります。いや、勿論、こんなのは私の思い違いかもしれないですけどね。うん。でも、本と。綾辻先生だけでない、自らのうちにあるものを出して何かを作り上げるという職、ここが重要なんだと思う、趣味でも遊びでも片手間でもない、そういう職、仕事に就いている人ってのは、本と、大変だと思う。それを愛していて、好きで好きでたまらなければたまらないほどに、なおさら、その苦悩たるや凄まじいものがあると思う。あとがきの篠原さんの文章、その中の、『あれほど愛していた音楽を憎んでいてしまっていたことが、何よりも辛かった』その一言が、本当に心を打つようで、もしかしたら、この作品を執筆した時の綾辻先生も、そんな心境じゃなかったのかなぁ、とか。だから、だけど、それでも、ミステリが好きで、小説が好きで、そうだった自分を取り戻すために、そうだった時間を取り戻すために、この作品を執筆した。この作品は、いわば通過儀礼のようなもの…というのは、言い過ぎでしょうかね。うん。でも、本と、そんなことを思わせる一冊でした。個人的には『伊園家の崩壊』が好き。『あちら』『こちら』と世界観が分けられていて、だけどそこを行き来できていたはずの綾辻先生が、ラストではまったく連絡を取ることさえできなくなっていた…って物語運びがミステリアスだし、なんてったって、あの、日本を代表するような平和な一家のもう一つの形ともいうべき、歴史ともいうべき、あまりに暗黒すぎる崩壊っぷりがたまりませんでした。いいなぁ、ぜひ、アニメ化してほしい(笑)。まぁ、でも、しかし、この作品だって相当、当然だけど作りこまれてるし、謎解き度だって高い。やっぱり綾辻行人という人は、生粋のミステリ作家なんだな。

 

筒井康隆ロートレック荘殺人』・・・…うーん。うーん。うーん。読者の思い込みを利用して、というのはわかる。私なんかはきれいに、思いこまされた。まぁ、その点では、確かに『あ、やられた』と思ったんですけど。けど、なんだろ、この釈然としない感じ。騙された、やられた、という爽快感を味わうよりも、それよりも、何だこれ、というなんか、気持ちの悪い感じ。そうか、こういう作品はやっぱり、私には向いてないんだよな。こういう、言った言わないとか、言葉尻までとらえるような、とにかく丁寧に丁寧に読むことが要求されるミステリは、私には向いていないんだよな。というか、どうせならもっと豪快に騙して欲しい。それこそ、『星降り荘』とか『葉桜』並みに、思い込みを利用して、だけど、もうそんな細かいこと抜きにして、その物語の世界観そのものをひっくり返すような、そんなふうに。だから、つくづくそう思った。細かいのは、私、だめだ(ちーん)。筒井先生が、いかにこの作品、読者を騙すために神経を削ったのか、とにかくそれはもうじりじり、身を焦がすような作業だったことは想像できるし、すごいな、と素直に思う。が、すんません。正直、私には、アンフェアじゃね、という気がしてならない。ミステリとか、騙すとか、そういうこと以前に、なんか、国語の基本的お約束を破っているような気がしてならないです。ちゃんと読んでないじゃん、と言われればもうそれまでで、だからまぁいいんですけど、なーんか、なーんか、納得できない。せこくない?って言葉が出てきてしまいます。はい。結局、章こどに語り手が変わっていたのか、それともそんなことすらなく、同一章に二人の語り手が存在していたのか、それすらもわからないのですが、なんか、そのわからないことすらがせこくない?って気がしてならない。いや、だから、ちゃんと読んでないからじゃん、と言われれば本と、その通りなんですけどね。はい。あと残念というか、わざわざ、きっと使用料なんかも支払っただろうに、挿し込まれていたロートレックの絵画が、何一つ事件とは関係なかっことに別の意味で衝撃を受けました(笑)。

 

連城三紀彦『どこまでも殺されて』・・・連城先生と言えば『人間動物園』。『人間動物園』と言えばトラウマ(笑)。なので今作も相当な覚悟を持ってして臨んだのですが。あれ?文章、めっちゃ読みやすいんですけど。めっちゃ面白いんですけど。あれ、あれれ?といった感じであっという間に読めてしまいました。…『人間動物園』は、あの作風に合わせた文章だったのかな?だとしたら、なんか、非常に失礼な誤解をしていたんだね、私。すんません。はい。そんな具合で、『過去、七回もほとんどあってないような理由のために殺され続け、そして今、八度目の殺しに遭おうとしている』少年の手記から、ぐいぐいと物語に引き込まれていきました。こんな設定、ミステリでありそうでなかったじゃないですか。しかもごめん。不謹慎と分かっていながらも、七度も殺されて、それを冷静に分析している僕の語り口がもう憐れすぎて、笑ってしまいました。いや、七度も殺される前に七度も殺されて蘇っている自分の体のことを不思議に思おうよ、って突っ込みすら入れたくなって、一体全体、こんな奇想天外な設定がどんなふうにまとまるのか、解決されるのか。その興味に引っ張られて、ぐいぐいと物語を読み進めていけたのであります。そして、明かされた真実には、成程なぁ、と感嘆。なんていうか、いちばんきれいな形で、すっきりと、かつ私なんかでも納得できるようなある程度の理論性の通った形だったと思った。すとん、と収まるところに収まったって感じがして、大満足。成程なぁ。探偵役の直美ちゃんと横田先生もよかった。出版されたのはずいぶん前で、だから直美ちゃんの女子高生像とか、ひょっとしたら古いのかもしれないけれど、でも、多分、根本のところ、親との関係とか、学校生活でのこととか、将来のこととかに対するもやもやした気持ち、それをどうすることもできない苛立ちみたいなものってのは何にも変わってないんだろうなぁ、って。そういうものを抱えながら、更に、自分の父親の罪を知り、どうにかそれを知らせようと、たった一人で奮闘していた橋本くんの、優等生だけれど友達なんていなくって、弁は立つけれど本当の気持ちなんて、言葉なんて何一つ口にできない、あまりにも孤独で繊細な姿が目に浮かぶようでなんだかとっても切ないです。もっと他に方法はあっただろうに、と思うんだけれど、でも、これが、橋本君にとっては最善の方法、まだまだ幼い彼が、必死で考えた方法だったんだろうなぁ、と思うとなおのこと切ないし、本と、この父親めっ!と腹ただしい思いがふつふつとわきあがってきます。けど、その父親も、もう一人の橋本君も、もし、直美ちゃんたちの推測通り、叔父夫婦に殺されようとしていた、なんてことがなければ、と思うとやりきれないし。親と子。父と子。歪められた精神を持ったまま、人間に対しても言葉を交わすことなく、ただその人を殺し続けた父親。一方、繊細で孤独な精神で、誰にも打ち明けられない真実を、言葉を秘めながら、それでも必死に、自分なりの正義を示そうとした子。両極端の二人は、けれど、どこか似ているようでもあり、寡黙な二人だからこそ、そこに『どこまでも殺されて』というタイトルが、何だか色んな意味を持って絡んでいるようでいろいろと考えさせられました。せめて、子供の方の橋本君が、野上君にだけでも心を開いて、満たされた学校生活を送っていけたらいいのになぁ、と思わずにはいられない秀作でした。面白かったです!

 

若竹七海『ぼくのミステリな日常』・・・前回、この方の本を読んだ時はろくな精神状態じゃなかったので今回はようやく、まともに読めました(ほっ)。ってか、バカエクセルのせいで二度目です。くそエクセル。急に止まるとか意味わからんし。もう短くしか書かない。実にバラエティーに富んだ短編をずらり、と並べてまずはそれだけで豪華な気分。そしてそれが、ひとつの謎を生み出し、一つの結末へとつながる、けれどその真の結末は明かされないまま、という終わり方も個人的には大好きです。短編はあれだけ数があった分、好みが分かれました。いちばん好きなのは『お正月探偵』。のんきなタイトルの割に、お話が思いもよらない結末でヘヴィ。真夜中の電話とシチュエーションも萌え。でも、静寂を切り裂くそのベルの音が聞こえてくるようで、だからこそ、真相を知った後の、電話が勝手に切られた後の静寂ってのがものすごく冷え冷えとしていて、また悲しくもあり、寂しくもあり。あとは『消滅する希望』も好き。どらちもよく似た毛色のお話で、こうやって列挙してみると、つくづく自分の好みを知る次第。でもこんな感じの、断ち切られるような、ハッピーエンドでない終わり方の、冷え冷えとした硬質に悲しさやら静寂やらが残る終わり方の作品の方が、この人の筆にはあっているような気が個人的にはする。ちなみに湯川さんの件に関しては、ページをちら見して知っていたのであれなんですけど、湯川さんが滝沢さんを殺した理由ってなんなんですかね。書かれてあったかなぁ。あとで調べてみよう。短編集ではなく、ひとつひとつの短編を丁寧に積み上げながら作成された長編。この作者さんの引き出しの多さを見たような一冊でございました。

 

・法月倫太郎『頼子のために』・・・好きだ。こういう話が好きだ(どーん)。手記ものと言えば、『悪意』で免疫はついていたはずだろう、と自分でも思うんですけど、見事に今回も騙されました。どれだけ父親が頼子という少女を愛していたか。そしてまた、復讐の念に身を焦がされながらも、最後まで体が不自由な妻のことを気遣い、そして娘のことを思い、苦渋ながらもその道を選んだか。そのどれもが胸を打つものでだから、すっかり信じ込んでしまっていた。あぁ、なのになのに。ただ、その手記が虚偽のものだった。それだけだったらよかったのに。なのになのに。…そうか、やっぱり人は、嘘を隠すために嘘を書くのかもしれない。自らの内に存在する虚偽を隠し通すために虚偽を書き残すのかもしれない。それはとても矛盾した行為なのに、けれど人は、その行為にこんなにたやすく騙される。あぁ、しかし、それ以上に、綸太郎によって明らかにされた真相たるや。言葉を失う。結局、嘘の手記の中ではあんなにも愛されていた頼子は、現実の社会では、誰一人にも愛されていなかったんだ。たまらない。もう、その悲劇っぷりたるやたまらない。こんな風に殺されてしまって不憫極まりないはずの彼女が、けれど、こんなにも残酷で、身勝手で、汚い親のエゴを、本当の顔を知らなかったというその一点のみだけで、とても救われた存在のようにすら感じられる。本当に。あぁ、だから綸太郎が鬱々状態に陥ったのも、そりゃ納得できるよ、と言う話。彼が、頼子の父親だった男の自殺を見逃したのも、本心、頼子のためにだったんだろうな。せめてもの、頼子のためにだったんだろうな。自分のせいで不具となってしまった母親への贖罪の念、そして父親への、やはり贖罪の念と、それでも愛を求める気持ちと。幼い心で必死に考え、あまりにも不器用すぎる方法を選んだ彼女の行為、気持ちにはだけど嘘は一つもなかった。そんな彼女への、せめてもの、父親だった男がなすべきこと。それが、これだったんだろう。綸太郎がそれを認めた、その痛いほどの気持ちがとてもよくわかる。そしてそして、圧巻すぎるラスト。そこでは、『海絵』という頼子の母親だった女性はただの『彼女』となり、最後の最後、この場所にたどり着いた、否、たどり着いてしまった『綸太郎』も、ただの『彼』と成り果ててしまった。ただ『彼女』が発する、否、『彼女』自身である強烈な、瘴気のような何かに、『彼』も、そして読者である私も、ただただ圧倒されるしかない。蹂躙されるしかない。怖気も、何もかもが、どうしようもない。そんな風に書かれていて、本当に、圧倒的におぞましいラストだった。好き。こういう、何もかも救われない終わり方も、好き。いやぁ、とにかく、なんか久しぶりにどんっ、とボティブローを食らったような気分。なんでしょうね、だからこそ、池上さんによるあとがきがいけねぇや、って気がひしひしする。まぁ、法月先生はその後、それでも、ミステリ畑に留まって下さっているからいいんですけどね。はい。歪みきった愛情と、冷めきった愛情の隙間に落ちてしまい、掬い上げられることなく死へと貶められた一人の少女の、あまりにも悲しい物語。面白かったです。

 

高野和明『ジェノサイド』・・・今年一番の話題作、と言っても過言ないでしょう、な作品。読んでみました。読み終えた感想としては、良い意味でも悪い意味でもよくできた映画を見たような感じ、ですかね。アクションあり、サバイバルあり、ヒューマンドラマあり、そしてラストは希望的な雰囲気で終わる、というツボを押さえた見せどころが多数ちりばめられていて、そのどれもがきれいにまとまった作品、と言う感じです。面白くなかったことはないけれど、正直、ミステリ畑どっぷりな私としては、こんなもんなんだろうなぁ、と言う感じ。失礼ながら。ただ、ものすごく、当然だけど苦労して書き上げられた作品なんだろうなぁ、というのはとても感じられた。めちゃめちゃ専門的な内容の話も多くて、正直、私は何を読んでるんだろう、と思わなくもなかったけれどでも、だからこそ、それらを調べ上げ、読みやすいようにと作中に織り交ぜて、そして知識書としてもこの作品を読めるようにされた高野先生の作家魂には頭が下がる思いです。うん。…これ以上、言葉が出てこないのが辛い…。たとえば、いずれ滅び行くのにいつまで経っても殺し合いをやめない人類の愚かさとか、そもそも、現代人類の成り立ちは殺戮があってこそだという話とか、人類が滅んでも打ち合いが続くようにとプログラムされている核兵器の恐ろしさだとか空しさだとか、それを平然と保有している国の愚かさだとかおそろしさだとか、はたまた、我が物顔で、どや顔で、絶対の正義と信じて疑わないそぶりで他国、多文化への蹂躙を繰り返すあの国の恐ろしさとか愚かさとか。現代社会のシステムが、民主主義的に見えて実は、独裁者を生み出すようなそれになっている点とか。結局戦争とは、経済的な観念が大きくかかわっていて、そこで不幸になるのはいつも、そういう観念とは無関係の、無辜の人間だとか。その悲劇とか。そういう人が残虐に殺される無慈悲さとか。絶対的な大義のため、全人類の脅威となるかもしれない存在を抹消するためには、多少の犠牲はやむを得ないのかと悩む辺りとか。いろいろ、考えさせられたんですけど。そういうの全部ひっくるめておいて、でも、最後の最後、未来への希望の萌芽を感じさせる終わり方とか。…なんか、どっかで読んだ気がしないこともなくありませんか?なんか、せっかくこの分厚さで、内容もあるんだから、なんか、もう一歩、なんかひねりが欲しかったなぁ、と言う気がしてならない。どんなひねりが良かったんだよ、と言われれば、言葉に詰まるのですが。…むぅ。いや、まぁ、とにかく。普通に、人に、『面白かったよ』と薦める本としては最適な本だと思いました。はい。

 

宮部みゆき『返事はいらない』・・・宮部先生の作品を初めて読んだ時、つくづく、感動したよなぁ。うん。今や、私は、その頃の純粋な心を失ってしまっているので、宮部先生の作では何かが足りない、という状態です。はい。短編集。特に私より少しだけ年が上の女性の悪意が光る「私はついてない」がたまらなく痛切でした。…わかるよ、わかる、その気持ち。私もきっと、この女性のようになるんだろうなぁ。でも、主人公の僕が言うように、本当にそれは本人の生き方だけに問題があるんでしょうかね。本人に、そういう生き方をさせるような、させてきてしまった環境にも問題があるんじゃないのかね、とか思うんですけどね。しかし。宮部先生のお人柄が、きっと、作風と同じようにほっこりとしていて、柔らかな眼差しを持った穏やかな人であろうことは容易に想像できるんですけど。それでも、こういった女性が出てくると、ちょっと宮部みゆきらしからなくて、どきり、とします。こういう女性に何かひどい目に遭わされてきたのか。或いは、宮部みゆきと言う人間の中にも、こんな女性のような部分が存在しているのか。そこが一番興味深かったです。でも、彼女だって人間だもんな。きっと、後者なのかもしれないな。はい。女性が主人公の作品ばかりではなかったけれど、それでも、女性の夢や恋や嫉妬や不安や怒りをここまで的確に描き出せるのは、単純に、すごいな、と思う。それがまた、彼女ならではの眼差しで描かれているからこそ、時に残酷なほどにこちらの胸に突き刺さってくるし、残酷なほどに照らし出されているような気がする。…そう思うと、実はやっぱり、宮部みゆきという作家は意地が悪いのかもしれないぞ。でも、きっと、この物語が描かれた時代と言うのは、それでも、欲があり、たとえそれが自己顕示欲や虚栄心からきた物欲だったとしても、また夢があった時代なんだと思う。今じゃそれすら存在していないようで、それすらそれこそ夢みたいで、そう思うと時代の一片を切り取ったような、時代を表す短編集だな、とも思いました。この安定感たるや、さすがですね。個人的には、その安定感こそが物足りなさの原因でもあるんですけど、とにもかくにもさすがだと思います。

 

志水辰夫『裂けて海峡』・・・おぅ…久しぶりの読書。はい。前々から評判を聞いていて、読みたかった本です。面白かったです。何でしょう、作家さん相手にそんなこと言うのも失礼なんですが、文章が巧い。登場人物の人となりを示すのも、説明じゃなくてきちんと行動や意味のあるセリフで描かれていたり、あと心象風景と、それとマッチするかのような自然風景の描写が。もう、言葉を失うというか。ゲームやってて美しい風景ってのはそこで見てるんですけど、でも、そういうのが決して敵わない生の自然の手触りとか、肌触りがもうばしっ、と伝わってきて身震いした場面もありました。登場人物のせりふにしても、本と、含蓄があるっていうんですかね。なんか、心にずさっ、と来るような言葉が、思いが多くてはっとされられることもしばしば。素晴らしい。こういう作品を読むと、やっぱ本は『読まなくちゃならないな』と思う。うむ。物語もちょっと難しく、硬い話のはずなのにさくさく読めていけたのはその辺りのお陰。特に登場人物の個性豊かさがぐいぐい読ませてくれました。主要三人、どれをとってもかっこよく、面白く、愛おしい。男と女。若者(若くないけど、きっと花岡さんから見たら若者に違いない)と老人。生者と死者。そして自らの正義を貫こうとするものとそれを隠蔽しようとするもの。その対比がどれも鮮やかに描かれていて、とくに主人公さんと理恵ちゃんとの、なんだか子供の喧嘩のような掛け合いにはじりじりさせられ、だからこそ結ばれた時にはめちゃめちゃ恥ずかしかったです。そんな具合で、主人公さんの心が、それこそもう、満たされ、満たされ、さてこのままで終わるのかなぁ、と思ったら、のその後の展開の衝撃と速さと言ったら。びっくりしましたね。でも、それこそ生と死の狭間を、波間を漂うように行き来する主人公さんの観念っていうのが、その不安定さだったり、孤独さだったり、悲痛さだったり、それでも曲げることのできない個人の矜持のようなものがとてもよく伝わってきて、なんか、やっぱり巧いなぁ、と感心しきりでした。そして話題になっていた最後の言葉。『南溟。八月。わたしは死んだ』・・・たまらんね。もう、ぴしっ!とまさしくそれ以上の感慨をシャットアウトするかのような終わり方。またこれ、口に出して呟いてみると実に歯切れがいいんすよ。すごいなぁ、と。まさしく、この怒涛のような物語、一人の男が全うしようとした正義と、それをもみ消さんとする国家の闇との物語に相応しい、劇的な幕切れを思わせるような最高の言葉だなぁ、と。うん。いいね。こういう終わり方は、本当にかっこいい。すべてを拒むようで、未練たらしくないこの言葉によって終わった物語だからこそ、読み手としてはその胸に、どんどんどんどん、余韻がこみ上げてくる。いやぁ、お見事。

 

石持浅海『彼女が追ってくる』・・・石持先生と言えば、ここんところその独自の舞台設定があだとなり、しかも、妙な濡れ場がネット上で評判となり、どうにもこうにも個人的には迷走している感が拭えなかったのですが。さすがは出世作でもあるシリーズ、と言いますか。石持先生らしい、地味ながらも読みごたえたっぷりの論理の展開と、そして何より、ザ・嫌な女、碓氷優佳の活躍、暗躍と言ってやる、この際(笑)と後味悪すぎ、だからこそうっとりなストーリー展開がさく裂していて、たっぷりと楽しめました!まぁ、碓氷優佳に関してはね。ほんとね。とうとう婚約にまでこぎつけちゃったんだから、本と、恐ろしいというか。人のこと言えないけど、絶対この女、人として重要な部分の一部が壊れてるよね。もう、愛を込めて大嫌い。シリーズどんどん続いていって、誰かこの女の鼻を明かしてやれよ、とすら思います(笑)。結局、彼女が、人を暴いて罪を暴かず、だからなんだろうな。人の隠しておきたいところ、嫌なところに手を突っ込んでかき乱すだけかき乱して、散々、ダメージ与えた末に『でも、警察になんて言いませんから。私別に、そんなつもりじゃないし。そういうの嫌いですし。だから好きにしたらどうですか』って態度だから、嫌なんだろうな。これなら、中途半端でも、自分勝手でも、正義を振りかざして罪を告発された方が、どれだけ救われるか。はい。そんな女の犠牲者になってしまった夏子さん。ご愁傷様です。いや、でも、姫乃もまた彼女を殺そうとしていた、そして彼女が考えていたとほとんど同じようなことを画策していた、更に万が一のために保険までかけていた、そして彼女はその保険にまんまとかかってしまった、って一連の謎解きの流れが、もう気色悪いくらいにぞくぞくくるもので。犯人と被害者の、特にこういう互いの利害関係から生まれた事件のその関係の異様さ、特殊さ、根深さみたいなものをまざまざと感じました。二時間ドラマとかでよくあるもんな、犯人に呼び出された、ちょっと悪そうな人が、犯人の思惑通りに殺される、って展開。あれを見る度に、『いやいや、あんた、犯人を脅したりゆすったりしてて、それで犯人に呼ばれたんならさ、少しは警戒して行けよ』って思ってたんですけど、まさしくその突っ込みを利用した、この意外すぎる、だけど当然すぎる論理を取り入れたのはさすがです。だからこその、あのラストも。夏子ちゃんには、個人的には幸せになって欲しかったんですけどね。私は夏子ちゃんに肩入れして読んでしまいました。だから、カフスボタンに触れた時は体が芯から冷えましたし、碓氷優佳に対しては、より一層の憎悪をば(笑)。そんなの許さないよ、って姫乃の低い声が聞こえてきそうな終わり方も、たまりません。初期の石持先生の、鋭い刃のようなさえわたった論理展開と、ブラックな物語の展開が楽しめる、久しぶりの快作でした!

 

芦辺拓『七人の探偵のための事件』・・・読書くらいはせねばなるまい、と思いつつほとんどの時間をゲームに割いている今日この頃…。はい。そんなこんなで後半、ほとんど放置しっぱなしだった本作。でも、芦辺先生の作品はいいですね。わくわくします。ミステリなんだけど、ほどよく古き良き冒険小説の香りが漂っていて、まるで童心に帰って、それこそ、はじめてこういう類の小説を読んでいるかのような気持ちにさせられます。なのでまぁ、謎解きの部分が理解できなくてもそれでもいいじゃん、みたいな(よくはないんだろうけど)。七人の探偵、まさしくオールスターそろい踏み、と言った感じでしたけど、そうだなぁ。やっぱりナイジェルソープ探偵と平田鶴子探偵の元気なお年寄り探偵コンビが読んでいて楽しかったし、心強かったです。で…肝心の謎解きなんですけど。…後半がぐでんぐでんな感じだったので、ほとんどと言うか、まるで理解できてないんですけど。作中作、みたいな感じでいいんでしょうか。絶対違うような気もするのですが。まぁ、いいや。そんな具合。読んでいて楽しかったので、それで良しとします。

 

歌野晶午『春から夏、やがて冬』・・・『葉桜』を超える衝撃、なんてあったから、まぁ、惹句だろうと思いつつ読んでみました。成程。あー、言いたいことはわかる。なんていうのかな。『葉桜』の衝撃がまさしく衝撃波、怒涛のように、一気呵成で何もかもをかっさらっていくようなそれだったとしたら、今回のは小波のように、心にゆっくり、ゆっくりと広がっていくような衝撃。決して激しいそれではないけれど、徐々に徐々に、余韻も含めて心に何かを訴えかけてくるようなそれだったように思います。はい。『赦す』。終盤、平田さんの心の葛藤シーンの中で何人もの賢者の『赦し』にまつわる言葉が出てきていていろいろ、考えさせられたけど。本当に。これほど、これほど難しいことってなかなかないように思う。これを実行できれば、人はもっと穏やかに、心安らかに生きることができるのだろうとも思う。誰かに、大切な人の命を理不尽に奪われて、それでもその誰かを『赦し』た人がいる。その人の穏やかな表情、物言いは忘れられなくて、やっぱり『赦し』とは誰かのためではなく、自分のためにあるものだと思うけれど、やっぱり実行するのは難しい。それは、自分のための行為でありながらも、自分の中の怒りだったり悲しみだったり苦痛だったりを制御することができない、人間そのものの愚かさなのかもしれなくて、私は、先述した人を凄いとも思うし、立派だとも思うし、でも同時、『赦す』ことができなくて、自らもまた愚かな奈落の底へと落ちてしまう人を、とても人間らしくて愛おしいとも思います。はい。と、ここまで書いてきましたが、物語の本筋はこの話とはほとんど関係ない。何故なら、ますみちゃんの告白の真偽は全く分からないままだから。平田さんの行為は、まさしく、ただの殺人以外の何ものでもないのかもしれないのだから。ますみちゃんと平田さん。よかったな、この関係が。すごくどきどきした。どちらも、ひっそりと息を殺すようにして毎日を生きている人。ますみちゃんの行為は、決して、賢明だったとは言えない。と言うかむしろ、なんか下手くそすぎるし、無茶が過ぎる。でも、だからこそ、とても訴えてくるものがあった。自分のことを思ってくれている平田さん。彼女が本当に愚かで、本当にどうしようもない人間だったら、平田さんに頼りっぱなしだったんだろうな。でも、彼女はそうじゃなかった。決してよくはない頭で、どうにかして、平田さんの力になりたいと思った。生を諦め、放棄した平田さんの、せめて生き続ける力になりたいと思った。その結果の、あの行動だったんだろうな。『赦す』ことは簡単にはできず、それができない故に、人は苦しみ、悲しみ、時に自分の命すら絶とうとするのに『怒る』ことで、人は生き続けようとする。人間って不思議。でも、そのどちらもそこまで思える対象があるからこそのこと。平田さんは最後の最後まで娘さんを思い続け、ますみちゃんは最後の最後まで平田さんのことを思い続けていた。その交わらなかった線同士が悲しく、切なく、そしてまた、すっ、と明かされた真相と思い込みを裏切る手法はさすがだな、と思った心に染み入るような作品でございました。まだ2011年ですが、一応、今作にて2011年度版読書録は〆ようかと思います。今年もありがどうございました。来年も、心穏やかに読書を楽しむことができますように。

 

はい。冒頭であんなことを書いていましたが、なんかもう、冊数的にはもう少し、と言うところだったので、むりくり、2011年度終了させました。イエーイ!

 

てか何だろ・・・今回の読書感想文、特に後半の本は、ほとんど記憶にないと言うか・・・読んだことすら忘れていたような本が多くて、何か個人的には『そっか、こんな本も読んでいたんだな』と新鮮な気がしました。はい。

 

ってな具合で、次からは2012年の感想文に突入です。

2012年、2013年あたりは、なんだコレ。

感想分の長さは勿論だけど、冊数が尋常じゃないな。びっくりしたわ。私、こんなに本を読んでいたのか。いや、全然、その、もっと読んでいらっしゃる方もおられるだろうから、そう言う方と比べたら、全然、私なんて屁みたいなもんなんですけど。それでも、改めて見返してみて、ちょっとびっくりしました。はい。

 

ではでは。お次は8月31日となりますね。

よろしければ引き続き、お付き合い下さい。

 

読んで下さりありがとうございました~。